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2012年5月7日 [その他(戦史研究関係)]

久々の更新ですが、今日は最近買った雑誌についての話を少し書きます。

現在書店で発売中の『ナショナル・ジオグラフィック日本版』2012年5月号(日経ナショナル・ジオグラフィック社)に、南北戦争の記事とゲティズバーグへの両軍の行軍経路を描いた付録地図が付いているとツイッターで知り、さっそく購入しました。

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本文記事「南北戦争 時代を超える戦場の記憶」は、従軍画家や写真家が記録したスケッチや白黒写真とその解説などで、付録の両面地図は表面が南軍によるペンシルベニア侵攻開始からゲティズバーグの戦いまでの南北両軍の行軍ルート、裏面がアメリカにおける黒人の権利獲得運動の歴史という内容になっています。同誌は、記事テーマに関連する付録地図が魅力で、日本版の創刊号(正確には創刊準備号)から定期購読していましたが、ある時期からこの付録地図が付かなくなったので、しばらく購読をやめていました。

ご存知の方も多いかと思いますが、本国版の『National Geographic』は、1888年にアメリカ地理学協会(National Geographic Society)によって刊行された雑誌で、地理学や自然科学、人類学、歴史、文化などを豊富なビジュアルを交えて紹介する実直な体裁の出版物です。

この雑誌は、地図好きの間では日本版が出る以前から名が知られており、私も本国版のバックナンバーを古本屋で見つけては買っていました。そして、インターネットのオークションという画期的な技術が登場すると、ebayで本国版を物色して欲しい号を安く効率的に買うことができるようになりました。

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本国版で最初に付いた付録地図(1918年5月号)。当時、アメリカは第一次世界大戦に参戦して西部戦線に兵力を派遣していましたが、戦場からの便りに記された地名を見つけられるように、と、フランスおよびベルギーの地図に溢れるほどの地名が印刷されています。

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長い歴史を持つ同誌の中でも、最高傑作だと思うのが、1978年7月号の「グランド・キャニオン」特集。ブラッドフォード・ウォッシュバーンという地図学者・地図制作者が、同誌の地図制作部門と共同で制作したグランドキャニオンの地図は、現地で崖の上に立ったことのある人間なら恐らく誰もが息を呑んで見とれてしまうほどに、実際の地形を正確な形状と色彩で再現することに成功しています(この時の測量調査については、ジョン・ノーブル・ウィルフォード著、鈴木主税訳『地図を作った人びと』河出書房新社でも詳しく紹介されています)。

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こちらは1965年1月号。米軍のグリーンベレーが軍事顧問として派遣されていたベトナムについての特集で、付録はベトナム、ラオス、カンボジアを収めた地図。米軍の正規軍がベトナムに派遣されるのは、これから2か月後の3月8日でした。この号を買ったアメリカの読者は、新聞やテレビで刻々と報じられる戦況のニュースを、付録地図片手に見聞きしていたことでしょう。

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自由の女神(右、1986年7月号)とブルックリン橋(1983年5月号)という、私も大好きなニューヨークの二大名所についても、豊富な写真とイラストを使って歴史や内部構造などを紹介しています。ブルックリン橋の方は、建設当時の1876年に撮られたマンハッタンの写真が折り込みで収録されていますが、摩天楼と呼ばれる高層ビルは当然ひとつも無く(一番高いのは教会の尖塔)、我々の知るマンハッタンのイメージとはかなり違う雰囲気です。

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アポロ11号の乗組員が月面着陸に成功(1969年7月)した後の1969年12月号。月で撮られた写真が満載なのは当然として、なんと折り込み付録として「宇宙時代の音」と題されたソノシート(薄いビニール製レコード)が! 一度内容を聞きたいのですが、レコードプレーヤーが無いので革命いまだ成らず。

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2002年6月号ではノルマンディー上陸作戦についての記事が(左が本国版、右が日本版。同じ内容なのに表紙が違う。米軍のアフガン攻撃から8か月後で、星条旗の表紙は日本では不評という判断なのか…?)。この回は付録地図ではなく折り込み式の横長地図で上陸海岸を説明しています。

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日本版の付録地図。「カスピ海地方(中央アジアの資源地帯)」は1999年5月号(米軍のアフガン攻撃が始まったのは2001年10月)。イラクがメインの「中東の核心部」は2002年10月号(米軍のイラク攻撃開始は2003年3月)。何か起こる前に現地の地名が詳しくわかる地図が配布されているようですが、たぶん単なる偶然でしょう(笑)。ちなみに2008年8月号付録の「イラン」地図には、イラン国内の核関連施設の名前と種類、位置が詳しく記してあります。

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こちらは古い本国版の付録地図。上から順に、1922年10月号のアフリカ地図、1938年4月号のヨーロッパ地図、1942年7月号のヨーロッパおよびアフリカ、中東地図、1943年2月号のアフリカ地図。最初のアフリカ地図にはヴェルサイユ体制下のアフリカの国境が、最後のアフリカ地図では第二次大戦当時のアフリカを縦断・横断する道路網が描かれていますが、こうした情報はなかなか他では手に入らないので有益です。

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付録地図の中には、文化や歴史、民族などのテーマごとの企画地図もあります。これは本国版の1940年3月号に付いた古代ギリシャの関連地図。「クセノフォンは『アナバシス』をここで書いた」などの注記が満載で、歴史好きにはたまらない内容です。他にも「探検家の航路」「アメリカ・インディアン(ママ)」「聖地エルサレム」などの企画もの地図が私のお気に入り。ちなみにイタリアのギリシャ侵攻は1940年10月。これも単なる偶然でしょう(笑)。

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ナショナル・ジオグラフィック協会は、雑誌の付録地図を貼って本にするための立派な「台帳」(Atlas Folio)も販売していました(1958年)。

思い入れのある雑誌を紹介できるということで、とりとめのない内容になってしまいましたが、興味の湧いた方はぜひ書店で『ナショナル・ジオグラフィック日本版』をご覧になってください。植物や虫、動物の写真も非常に見応えがあって楽しめます。



おまけ(というか蛇足)

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上に紹介した日本版2002年6月号のノルマンディー上陸作戦特集の記事で、折り込み地図の上に「オマハ・ビーチとコルビル・シュール・メール村(奥)」というキャプションがついていたのですが(上写真)、海岸から村に至る地形から判断して、コルビル・シュール・メール村ではなくビエルビル・シュール・メール村ではないかと思い、同村周辺のBIGOT地図(上陸侵攻部隊が携帯していた最高機密の地形図、BIGOTとは『ジブラルタル行き To Gib』の逆表記)のカラーコピーを添えて日本版編集部に手紙を送りました。

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それからしばらくたったある日、本国のナショナル・ジオグラフィック協会調査部のデヴィッド・ウッデルという人から手紙が届きました。それによると、当該の写真は、やはりビエルビル・シュール・メール村で、「自分は両方とも現地に行って地形を確かめたので違いに気づくべきだった」「言い訳のしようがないミスだ」と率直に述べておられました。

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手紙を受け取ってから次の号で、訂正記事が日本版にも載りましたが、このやりとりを通じて、ナショナル・ジオグラフィック協会の実直さや誠実さを改めて認識し、感銘を受けました。私の作る地図など、同協会地図部作成のそれに比べればまだまだ完成度は低いですが、今後も彼らの真摯な姿勢を手本にして、さらに能力に磨きをかけていきたいという思いを強くました。
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