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2019年11月29日 [その他(雑感・私生活など)]

まず告知から。朝日新聞出版から新刊『中国共産党と人民解放軍』(朝日新書)が発売されました。

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中国人民解放軍が日本にとって「どの程度」脅威なのかを知るためには、同組織が過去にどんな思考原理でどんな行動をとってきたかという「実績」を踏まえる必要があります。その基本的な情報を読者に提供する1冊です。

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中国共産党と人民解放軍』は、20世紀初頭の中国共産党と工農紅軍(のちの中国人民解放軍)創設から現代までに、中国共産党勢力が行った全ての戦争や紛争を政治と軍事の両面から読み解き、思考形態や行動原理を探ります。香港で起きている最近の出来事を読み解く上でも参考になると思います(特に天安門事件の経緯との対比で)。



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今月初めには「歴史群像」誌12月号(第158号)が発売されました。今回の担当記事は、独ソ戦の知られざる、しかし戦略的には重要な17か月間の戦い「ルジェフ攻防戦」で、計6度にわたった独ソ両軍の死闘を、戦略と作戦の観点から読み解いています。

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開戦時の人口が五万人ほどのルジェフに、なぜ両軍首脳が着目し、激戦地となったのかを、俯瞰的に解説しています。 モスクワ戦はもちろん、スターリングラード戦やクルスク戦とも微妙にリンクする部分のある渋い攻防戦でした。



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今月中旬に発売された「週刊金曜日」11月15日号には、私のロングインタビューが4ページ記事で収録されています。

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歴史戦と思想戦』『沈黙の子どもたち』『1937年の日本人』などで書いた内容の深層や、執筆という仕事で私が特に留意していること、執筆を通じて読者に伝えたいと思うことなどを説明しています。



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月刊誌「サイゾー」のネット媒体「ウェジー」でも、私のインタビュー記事が公開されました。『歴史戦と思想戦』(集英社新書)で指摘した問題点の説明を軸に、日本での歴史修正主義の跋扈とその目的、最近の出来事との思想的な関連性、安倍政権が力を持ち続ける理由等を論じています。

歴史修正主義者が歴史を書き換える「本当の目的」
/山崎雅弘インタビュー



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また、東海大学関連の出版社である東海教育研究所の月刊誌「望星」12月号の映画特集に、私も学生時代に観た映画についての2ページ記事を寄稿しています。同号で他の方々が紹介されている映画タイトルを観ると、観るべき作品を私は皆目観ていないと痛感させられます。来年はもう少し古典映画を観ようと思います。



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さて、今月は4日から7日まで、三泊四日で韓国旅行に行ってきました。昨年に続き、凱風館修学旅行部の皆さんと一緒に、内田樹さんの韓国講演旅行に同行させていただきましたが、とても楽しく、学びと思索の機会が多い充実した旅でした。

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内田樹さんの講演は、ソウルと大田の二箇所で韓国の教師や教育関係者向けに行われましたが、どちらも盛況で、内田さんのサインを求める人が行列を作っていました。そのあと、韓国南部の済州島に行き、島の聖地や歴史関係の博物館を尋ねたり、美味しい郷土料理をたくさんいただきました。

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韓国南部の済州島にある「済州4・3平和記念館」。第二次大戦後の韓国成立過程で段階的に起きた、軍と警察による大規模な住民殺害を説明する施設で、韓国と朝鮮半島の現代史の複雑さを改めて教えられました。

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大国による信託統治や南北分裂を決定づける単独選挙に反対した済州島の市民を、当時の李承晩政権とその後援者であるアメリカ軍政当局は「秩序を乱す不穏分子」と見なし、警察と右翼団体を派遣して弾圧しました。それに対し、1948年4月3日に市民側の武装勢力が警察と右翼を襲撃すると、李承晩政権は軍を投入して武力鎮圧に乗り出し、武装勢力だけでなくそれを匿っていると疑われた大勢の市民を殺害しました。さらに、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、李承晩政権に従順でない済州の人々は「アカ(共産主義者)」の疑いをかけられて弾圧や殺害の対象となり、済州島の人口の一割に相当する三万人の市民が殺害されましたが、その三分の一は女性と子ども、老人でした。一部の生存者は、難民として大阪などに逃れました。

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済州島で起きた「四・三事件」と呼ばれる韓国軍の市民殺害行動には、アメリカ軍も深く関与していました。当時の国際社会は東西冷戦の勃興期であり、米軍は共産主義勢力の拡大に神経を尖らせていたからです。展示の説明にあるスコーチド・アース(焦土)戦略とは、ゲリラの拠点になりうる民家などを焼き払う、住民無視の軍事的行動です。

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「済州4・3平和記念館」には、韓国軍が済州の市民に行った拷問を「大日本帝国の遺物」と表現する説明がありますが、これは歴史的事実に基づいています。建国時の韓国の軍と警察で上層部に登用されたのは、大日本帝国に奉仕した旧軍人と警察の幹部でした。日本軍の憲兵や特高警察が使用した、電気や水を使った拷問の手法も、そのまま韓国の軍と警察に継承されました。

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「済州4・3平和記念館」は「済州4・3平和公園」という広大な敷地の一部で、公園内には犠牲者となった市民のお墓と慰霊堂があります。韓国でもこの出来事の位置づけはまだ定まっておらず、犠牲者の調査や確認もいまだ不完全ですが、自国で起きた「負の歴史」を誠実に記録しようとする姿勢に敬意を表します。

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済州島南西部の慕瑟浦にいくつも残る旧日本軍の掩体(飛行機を隠すシェルター)。1930年代に「アルトゥル飛行場」という日本軍の飛行場が作られ、1937年に日中戦争が始まると、ここを出撃した日本海軍機が南京などを爆撃しました。掩体の建設工事には、地元住民が強制徴用されました。大日本帝国時代の負の遺産のひとつ。

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これも済州島南西端の松岳山に残る旧日本軍の陣地洞窟。日本軍は米軍が本土上陸に先立って済州島に侵攻することを想定し、7万人の兵力を駐留させていました。山中にはトンネルがあり、岸壁には体当たり攻撃に使う特攻艇「震洋」を隠す穴がいくつも開けられています。ドラマ「チャングムの誓い」のロケ地でもあります。

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済州島北部の東門橋にある韓国海兵隊の記念碑。四・三事件の後、李承晩政権に貼られた「アカの島」という汚名を払拭するため、済州島の若者の一部は韓国軍の精鋭部隊である海兵隊に志願し、朝鮮戦争で北朝鮮軍・中国軍と激戦を繰り広げて戦功を挙げました。名誉回復のための軍への志願という図式は、第二次大戦時の日系アメリカ人部隊を連想します。

ちなみに、2020年1月発売の「歴史群像」誌の次号の担当記事は「日系アメリカ人の第二次大戦」です。


【おまけ】

今回、韓国で食べた美味しいもの。

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最初に思い出すのは、やはり帰国日の昼食で堪能した済州島のアワビとお刺身。焼きアワビ、アワビ粥に加え、活きたアワビを一人一個、各自で殻から外していただいた。生け簀から出したばかりで、指にへばりつくほど元気なアワビと格闘し、感謝しつつ味わいました。

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帰国前日の夜にいただいた豚の焼肉も絶品でした。済州では、一般的な三枚肉(サムギョプサル)に皮と追加脂肪層を加えた五枚肉(オギョプサル)で、さらに豚肉の味わいが濃厚。味付けは、塩や特産品の小魚塩辛など。締めの冷麺も、麺の食感がよく出汁も旨味が満載でした。

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こちらは、若鶏でなくアヒルを使った参鶏湯。上に乗っているのは冬虫夏草という漢方薬局でよく見るキノコだが、虫から出てくる希少な天然ものでなく、舞茸のように土台で栽培したものを使用。あとは済州の郷土料理である豚モツとホンダワラのスープ、豚ソーセージも大変美味でした。

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済州島の地元ビール二種。火山島なので火山のイラストがトレードマークになっています。ウィートエールは島特産のミカンの香り。
 
 
 
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