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2019年6月5日 [その他(雑感・私生活など)]

今日は久しぶりの新刊の告知です。5月17日に集英社新書から『歴史戦と思想戦』が発売になりました。

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どんな本なのか? それを説明する同書の「まえがき」の冒頭部分を、以下に転載します。

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 今、もし書店にいらっしゃるなら、店内を見回してみて下さい。
 売り場の一番目立つところに、こんなタイトルの本が並んでいないでしょうか。
「中国・韓国の反日攻勢」「南京虐殺の嘘」「慰安婦問題のデタラメ」「あの戦争は日本の侵略ではなかった」「自虐史観の洗脳からの脱却」……。
 あるいは、もう少しマイルドな「日本人が、自分の国を誇りに思える歴史の書」という体裁で、日本人読者の自尊心や優越感をくすぐるような歴史関連本。
 もう何年も前から、こうしたタイプの本を書店でよく見かけるようになりました。
 過去の歴史について、日本に不都合なことを「なかった」といい、日本は何も悪くないと語る本は、読んでいる間は日本人にとって心地いいものです。けれども、そんな安心感に身を委ねてしまうと、それと引き換えに大事なものを見失ってしまうのではないか。日本は何も悪くないと誰かに言われれば、一人の日本人として肩の荷が下りたような気になるが、本当にその結論でいいのだろうか……。
 また、こうした本がどうも胡散臭いと感じても、具体的にどこがどう間違っているのか、何がどう問題なのかを、自分の言葉でうまく説明できない人も多いのではないでしょうか。

 本書は、そんなモヤモヤした違和感を、「事実」と「論理」の二つの角度から検証し、ひとつずつ解消していく試みです。本書を最後まで読まれれば、今まで心に引っかかっていた疑問や違和感の正体を理解でき、この種の本に巧妙に仕掛けられたさまざまなタイプのトリックを、一瞬で見破れるようになるはずです。
 また、歴史という大きな問題と向き合う姿勢についても、本来あるべき姿を改めて考えるヒントを、読者に提示するよう努めました。
 最近は特に、日本人の歴史との向き合い方が、大きく揺らいでいると思うからです。

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また、ネット書店向けに用意された内容紹介の文を、以下に転載します。

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今、出版界と言論界で一つの「戦い」が繰り広げられています。

南京虐殺や慰安婦問題など、歴史問題に起因する中国や韓国からの批判を「不当な日本攻撃」と解釈し、日本人は積極的にそうした「侵略」に反撃すべきだという歴史問題を戦場とする戦い、すなわち「歴史戦」です。
近年、そうしたスタンスの書籍が次々と刊行され、中にはベストセラーとなる本も出ています。

実は戦中にも、それと酷似するプロパガンダ政策が存在しました。
しかし、政府主導の「思想戦」は、国民の現実認識を歪ませ、日本を破滅的な敗戦へと導く一翼を担いました。
同じ轍を踏まないために、歴史問題にまつわる欺瞞とトリックをどう見抜くか。豊富な具体例を挙げて読み解きます。

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これらの説明で大体おわかりかと思いますが、この本はいわゆる「歴史修正主義」の出版物と正面から対峙し、そこで語られる言葉やロジックを「事実」と「論理」のふたつの角度から解析して、その言説としての信憑性や論理的整合性を検証する試みです。

これに加えて、現代の日本で繰り広げられる「歴史修正主義」の言葉やロジックが、実は先の戦争(日中戦争と太平洋戦争)の時代に日本政府が国の内外で展開したプロパガンダの方法論「思想戦」と瓜二つであることを、当時の資料をふんだんに紹介しながら実証し、彼らがなぜ「歴史修正主義」の思想に惹かれるのかという内面的な問題にも光を当てています。

この本で私が取り上げた主な内容は、ネット書店向けに用意された内容紹介で紹介されています。

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【主な内容】
◆産経新聞が2014年から本格的に開始した「歴史戦」
◆「歴史戦」のひとつ目の主戦場:戦時中の慰安婦問題
◆「歴史戦」ふたつ目の主戦場:日本軍による南京での虐殺
◆なぜ大日本帝国の否定的側面を批判する行為を「自虐」と呼ぶのか
◆第一次世界大戦後の日本軍人が着目した「総力戦」と「思想戦」
◆思想戦の武器は「紙の弾丸、声の弾丸、光の弾丸」
◆「歴史戦」の論客の頭の中では今も生き続ける「コミンテルン」
◆「戦後の日本人はGHQのWGIPに洗脳された」という「ストーリー」
◆児玉誉志夫は「思想戦」の独善的側面に警鐘を鳴らしていた

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そして、本書の章立ては、以下の通りです。

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【目次】
第一章 「歴史戦」とは何か
第二章 「自虐史観」の「自」とは何か
第三章 太平洋戦争期に日本政府が内外で展開した「思想戦」
第四章 「思想戦」から「歴史戦」へとつながる一本の道
第五章 時代遅れの武器で戦う「歴史戦」の戦士たち

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いわゆる「歴史修正主義」を扱った本は、今までにも何冊か刊行されていますが、本書のようなアプローチの本は書店の本棚に見当たりませんでした。そのせいか、発売から4日で二刷、18日で三刷と増刷を重ねており、書店での売り上げランキングでも1位になっているようです。

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この本の執筆に際し、担当編集者と相談したのは「既存の右派・左派という戦いの構図から少し距離をとりましょう」ということでした。自分を右派とも左派とも思わない人にも手に取ってもらえるよう、帯の文も工夫しました。

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先日上京した際には、慰安婦問題を扱った話題の映画「主戦場」のミキ・デザキ監督と、某誌の企画で対談しました。彼がこの映画でとった手法は、私が『歴史戦と思想戦』でとった手法と共通する部分があり、さまざまな話題で充実した対談になったと思います。具体的な記事として掲載され次第、改めて媒体名などを告知します。

父親や友人、会社の先輩や上司が、いつのまにか「いわゆるネトウヨ」化してしまったが、どう対処したものかと困惑されている方は、「本屋でこんなの見つけたよ、よく知らないけど」と、さりげなく『歴史戦と思想戦』をプレゼントされるのも一策かもしれません。

また、新刊企画会議で「売れるから」と提起された「歴史修正本」や「中韓悪口本」の企画を自分の良心に照らして出したくないと思う編集者の方や、書店の店頭に「歴史修正本」や「中韓悪口本」を並べたくないと思う書店員の方も、ぜひ『歴史戦と思想戦』(集英社新書)を上司の説得に活用してください。

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2019年2月17日 [その他(雑感・私生活など)]

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久々の更新です。2019年の1月は、後述するように、昨年から執筆してきた新書の脱稿とミャンマー(旧ビルマ)旅行、雑誌原稿(『歴史群像』誌次号の巻頭記事「朝鮮戦争 前編」)の執筆と沖縄旅行という慌ただしさで、ブログに手をつける余裕がありませんでした。

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まず、1月発売の『歴史群像』(学研)第153号に、私の担当記事「二つのイタリアと第二次大戦」が掲載されています。第二次大戦の歴史で光を当てられることの少ない領域の一つである「枢軸国イタリアの連合国との休戦と、それ以後の南北に分裂したイタリアの戦い」を、政治と軍事の両面から読み解いています。

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軍事や戦史のマニアの間では、兵器の性能が総じて低く、個々の「戦闘」の敢闘精神で日独に劣る第二次大戦期のイタリア軍をバカにして見下す風潮が根強いですが、価値判断の基準を少しずらして国民の戦争全体との向き合い方を俯瞰すると、むしろ日本やドイツよりも「賢い部分」もあったように思います。


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1月10日から15日までは、ミャンマー(旧ビルマ)のヤンゴン(旧ラングーン)と古都バガンを旅行しました。昨年『歴史群像』誌に「ビルマの第二次大戦」という記事を書いたこともあり、ヤンゴンでは「独立の父」アウンサン将軍とビルマ近現代史に関連する場所を見学して、理解を深めました。

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ミャンマー訪問は初めてでしたが、ラオスと同じように人がとても穏やかで、居心地良く過ごせました。買い物をする時、間違えて余分にお札を出しても、超過分を返してくれます。寺院等では入口から裸足が決まりで、歩くと平穏な気持ちになり、仏像の前に座るたびに自然と手を合わせる心境になりました。

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ミャンマー(旧ビルマ)のヤンゴン(旧ラングーン)にある「ボージョー(将軍)・アウンサン博物館」。独立の父と称されるアウンサンが、1945年5月から暗殺される1947年7月まで住んだ邸宅(建物自体は1921年に完成)で、二階建ての館内には彼の生涯とビルマ独立運動指導者としての活動が説明されています。

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こちらは、アウンサンが独立運動の司令部として使用した建物ですが、今はレストランとして営業中。二階の一室はアウンサンの執務室で、当時彼が使用した机やタイプライターなどが展示されています。

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ヤンゴン(旧ラングーン)の中心部にあるシュエダゴン・パゴダ。パゴダとは仏塔を中心とする仏教の参拝施設で、ここは規模が大きく、周囲の緑地も含めれば東京ドームより広いとのこと。中央の一番大きな仏塔は五年に一度の修復が行われていたが、その周囲にもお堂や祠が建ち並び、くつろいで休憩できます。

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お堂や祠には、金箔や宝石をふんだんに使った装飾が施されており、じっくり観察すると時間が経つのが早い。参道では、生年月日から算定する八つの曜日にちなんだ花が売られており、私は月曜日だったのでその花束を買って、月曜の神様のところにお供えしました。水かけ不動のように、仏像に器で水をかけます。

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ミャンマーのヤンゴン(旧ラングーン)中心部に残る英植民地時代の建物。ミャンマー港湾局(1928年)、ヤンゴン地方裁判所(1900年頃)、元最高裁判所(1908年)。縦横に区画整理された街並みで、大通り以外の細い道には露店が建ち並んでいますが、朝夕は道路が激しく渋滞します。

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ミャンマーのバガンにあるニャウンウー空港。外国人旅行者はここで、5日間の入域料として25000チャット(約1800円)を支払います。あとは寺院や仏教遺跡をいくら見学しても無料。私は充分に元が取れました。

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古都バガンでは、到着日と翌日の丸二日、レンタル電動バイク(一日約600円)に乗って、一三世紀前後に作られた仏教の寺院と遺跡を見て回りました。広大な場所に仏教遺跡の尖塔が林立し、空気が乾燥しているので劣化が少ない遺跡内の壁画も興味深く鑑賞しました。ミャンマーにおけるヤンゴンとバガンの関係は、ラオスのビエンチャンとルアンパバーンと似ています。

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ミャンマーのバガンは、エーヤワディー川(イラワジ川)のほとりにあります。川はここで西向きから南向きに流れを変えるので、バガン南部の河岸ではきれいな夕陽と夕焼けを満喫できます。対岸の遠くに見えるのは、ミャンマーとインドの国境付近に連なるアラカン山脈。イラワジ川とアラカン山脈といえば、太平洋戦争末期に行われた、あの作戦を思い出しますが、日本兵もこの美しい景色を見ていたのでしょうか。

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シュエサンドー・パゴダ。十一世紀に建てられた仏塔で、高さは45メートル。

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ダマヤンジー寺院。十二世紀に建てられた寺院で、バガンで特に強い印象を受けた建造物の一つ。ガイドブックの写真ではわかりませんが、他の寺院よりサイズがでかくて、古城のような威容に圧倒されます。シュエサンドー・パゴダの方から細い道を走っていくと突然これが目に入り、宮崎駿のアニメに入り込んだような錯覚を覚えます。

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エーヤワディー川(イラワジ川)に沈む太陽。


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ミャンマーから帰国したあと、1月19日には、大阪の隆祥館書店での相澤冬樹さん(『安倍官邸vs.NHK』著者)のイベントにゲストとして登壇しました。会場は大盛況で、部屋の隅までお客さんで埋まり、財務省の国有地不正払い下げ疑惑やNHKと権力の癒着状況など、幅広い話題で盛り上がりました。


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1月27日から31日までは、四泊五日で沖縄へ行ってきました。今回は本島の那覇周辺と久米島で過ごし、珍しい自然や博物館、戦史・紛争史関係の場所を見て回ったほか、琉球新報本社の勉強会で講師として少しお話しました。また、牧志から安里まで古書店を何軒かはしごして、沖縄戦や戦後の沖縄に関する段ボール一箱分の古書を買い、自宅へ別送しました。

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沖縄の久米島と橋で繋がった奥武島の海岸にある「畳石」。亀の甲羅のような六角格子の石が並んでいるように見えますが、実はこれらは「冷えた溶岩の柱」で、地中深くまで伸びているらしい。水の透明度が高くて、水たまりには小さい魚やカニがいました。

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久米島の北部にある「ミーフガー」という奇岩と、南部にある「鳥の口」という崎。後者の名前の由来は、手前下に写っている「口を開けた鳥」に似た高い岩で、左奥の衛星通信施設(白い球)から遊歩道でテクテクと歩いて登る。久米島ではレンタカーを借りて島内を回りましたが、海水浴のシーズンオフのためか、今回は久米島のどこに行っても貸し切り状態でした。

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久米島のサトウキビ畑の一角にある「痛恨之碑」。久米島では、朝鮮人を含む住民20人が、沖縄戦の実質的な終結後に、米軍ではなく駐留していた日本軍人によってスパイ容疑等で虐殺されました。日本軍人に殺された住民の中には、赤ちゃんもいました。今年刊行予定の単行本でも、この出来事について説明しています。

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久米島の大岳小学校南側の駐車場そばに建つ、沖縄戦で亡くなった島民の慰霊碑と顕彰碑。市民を虐殺した日本軍の通信部隊の指揮官は、米軍と接触した島民をスパイ容疑で虐殺したあと、自分は米軍に投降して戦後も生き延びました。メディアの取材を受けた彼は、自分は間違っていないとして謝罪を拒否し、居直っていました。

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沖縄の屋根の上や門の上にいるシーサー(厄除け、守り神の獅子)たち。通りをぶらぶら歩いていると、街のあちこちにいます。それぞれの性格が顔や姿に表れているようでおもしろい。

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那覇市内では今回は車を借りず、モノレールとバス、タクシー、徒歩で移動しました。モノレール駅のエスカレーターにも、琉球新報と沖縄タイムスの社屋にも、県民投票の広告が。とりあえず全県民が投票できる、当たり前の状況に戻って良かった。

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観光客が絶えない那覇の首里城にある守礼之門から、わずか90メートルほど離れた場所にある、第32軍司令部壕の入口。現在は封鎖されていますが、高台にある首里城の地下に作られた司令部施設の出入り口で、中学生から成る「鉄血勤皇隊」の少年が、砲弾の降る中で、壕の警備や伝令などの軍務に就いていました。

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こちらは、観光客が絶えない首里城そばにある玉陵(琉球王国時代の王墓)から、わずか50メートルほど離れた場所にある、一中健児の塔。鉄血勤皇隊に参加して命を落とした一中(沖縄県立第一中学校)生徒の慰霊碑で、隣接する展示館では、十代の中学生がどれほど過酷な境遇に置かれていたのかを学べます。

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沖縄・那覇の奥武山(おうのやま)公園にある島田叡元沖縄県知事の記念碑。兵庫出身の島田知事は、太平洋戦争での日本の敗北が決定的となっていた1945年1月に「他になり手がない」沖縄県知事として赴任し、戦火の中で(天皇でなく)県民のために最後まで尽力して亡くなった人物で、市民が玉砕や自決することを戒めました。

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大田實海軍中将が「(沖縄)県民に対し後世特別の御高配を」と打電して自決した旧海軍司令部壕を今回初めて訪れましたが、沖縄にある他の戦争関連の施設とは空気が違っていました。売店で戦艦大和グッズをたくさん並べている時点で、方向性が違うとわかる。戦没した海軍軍人の顕彰と慰霊が、施設の第一の意図。

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沖縄・那覇のシーサイドにある「不屈館」。戦後の沖縄で県民のために尽力した政治家・瀬長亀次郎の功績を称える博物館で、彼の足跡を追うことはそのまま戦後の沖縄県民の苦難を知ることにもつながります。同じ日本の一部なのに、なぜ沖縄県民が戦中も戦後も、現在も、過剰な理不尽を背負わされ続けるのか。いろいろなことを考えさせられる場所でした。

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琉球新報本社での勉強会で使用した資料の一部。今の日本のメディア状況の問題点を読み解く視角はいくつか考えられますが、今回は「民主主義国と権威主義国のメディアの違い」という角度から光を当ててみました。右か左か、という時代遅れの分類法では、問題の核心に近づけず、逆に遠ざかるのでは、と思います。


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それから、いま書店で発売中の『週刊金曜日』最新号は、NHKの問題点を批判・検証する特集ですが、私も岩田明子解説委員兼政治部記者に関する記事を寄稿しました。国民から強制徴収する受信料で高い給料を得ながら、特定の権力者にピッタリ寄り添い奉仕する態度は、政権が何党であるかに関係なく、公共放送の役割を逸脱した国民への背任だと思います。

今月は、少し時間に余裕があるので、しばらく停止していた電子書籍の刊行を再開しようかと思っています。『ロシア内戦』『シベリア出兵』『チェコスロヴァキアの第二次大戦』『モンゴルの第二次大戦』『インドの第二次大戦』などが候補です。いずれも『歴史群像』誌に掲載された記事の電子化ですが、関心のある方は、ぜひご期待ください。

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ミャンマーのバガンで道路をのんびり進む牛車。


【おまけ】

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ミャンマーでは、特徴的な油っぽいカレー(ヒン)のほか、麺類をいろいろ食しましたが、細いビーフン(米粉)からうどんような太い麺まで、種類が豊富でした。気温が高くて空気が乾燥しているので、一日あちこち歩き回ったあとのビールが美味い。1枚目はエビのカレーで、大きなエビがどっかり入っていました。

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こちらは、沖縄で食べた美味しいもの。山羊汁、ラフテーの炒飯、久米島のざるもずく(店主が採ってきた太くて長いもずくをごまだれに浸けていただく)、島どうふ。左の豆腐に乗っている小さい魚は、スクガラスというアイゴの稚魚の塩辛で、豆腐と良く合います。山羊汁は前回もいただきましたが、これを食すと沖縄に来たと実感できます。

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日本では沖縄にしかない米国系ファストフードチェーン「A&W」のThe A&Wバーガーとポテト、そしてルートビア。沖縄の人はA&Wを「エンダー」と呼ぶ、と琉球新報の人に教えてもらいました。
 
 

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2018年9月28日 [その他(雑感・私生活など)]

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2018年も、ほぼ4分の3が過ぎ去りましたが、いくつか告知です。

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まず、『歴史群像』(学研)の第151号が9月6日に刊行されました。今号の私の担当記事は「ビルマの第二次大戦」で、太平洋戦争とその前後の時期におけるビルマ(現ミャンマー)の動向を俯瞰的に描き出す内容です。当時の日本軍にとって大きな関心事だった「ビルマ・ルート」の実情や特務機関「南機関」の活動についても解説しています。

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太平洋戦争最中の1943年8月、日本は「大東亜共栄圏」の範疇でビルマの独立を認めましたが、秘密軍事協定により、日本軍は引き続きビルマ領内で自由に駐留し、そこから周辺地域への軍事作戦を行う権利を保持し続けました。当然、ビルマ側では日本に対する失望が広がり、1945年3月の対日反乱へと繋がっていきます。

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現在の日本の一部では、「東南アジアの植民地は日本軍のおかげで独立できた」というような雑な歴史認識が声高に語られていますが、その実情はどのようなものであったかについても、参考にしていただければ幸いです。

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最新号の読者コーナーでは、前号(第150号)の付録ボードゲームに対する反応の数々がたくさん掲載されていました。編集/制作サイドの予想を超える大反響で、企画としては大成功でした。昔ウォーゲームをプレイしていたという人も、やはり読者の中に多かったようです。

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モスクワ攻防戦」も「バルジの戦い」も、戦史の雰囲気を味わいながら手軽にプレイできるボードゲームなので、ぜひ長く楽しんでください。



中旬の9月15日から19日までは、横浜と東京に行っていました。年内脱稿予定の本二冊と雑誌記事の打ち合わせ、諸々の取材と会食に加えて、隣町珈琲で平川克美さんと「ラジオデイズ」の収録も行いました。

特別対談 ジャーナリズムと自立性(ラジオデイズ)

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ラジオデイズ」は、1本515円のネット音源です。平川さんとお話させていただくのは三度目でしたが、今回の対談の中で出た話題は、次のようなものでした。

・沖縄県知事選での公明党の動き方 ・安倍政権が内部から崩壊する可能性 ・トランプとともにレームダック化する可能性のある安倍政権 ・ソ連時代の政策を継承している今一番恐い政治家プーチン ・政治的な正論を言い続けていることのジレンマ ・社会の中での当事者意識が希薄化している日本人 ・今回の自民党総裁選で露呈したこと ・風化していく正論 ・当事者意識が極端に薄れたメディア ・抵抗のないジャーナリズム/ジャーナリズムの起源 ・報道の中立より大切な報道の自立性 ・破壊された見えない資産としての「文化資本」 などなど

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横浜では、16日の午前にYSGAさんの例会場に少し顔出ししたあと、古い友人二人と久しぶりに会い、GMTゲームズのシミュレーション・ゲーム「オランダ'44」(映画『遠すぎた橋』で有名な、1944年9月の「マーケット・ガーデン作戦」がテーマ)を3人でプレイしながら、積もる話に花を咲かせました。

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私はアメリカ軍を担当しましたが、幸運に恵まれ、ソン橋とベスト橋を無傷で確保したほか、ナイメーヘンを早期に完全制圧し、対岸にも橋頭堡を築くことに成功しました(ただしフェーヘルの橋を落とされました)。



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東京最終日の19日は、夕方から新幹線の時間(午後7時30分)まで、友人の記者と会食の約束をしていましたが、移動中の電車の窓から秋葉原の歩道橋に人がたかっているのを見つけ、急遽予定を変更して一緒に「安倍晋三候補の演説会」を見に行きました。

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自民党の総裁選で、現職の安倍氏側があれほどの恫喝と脅迫を行ったにもかかわらず、党員算定票の結果は安倍224票対石破181票という結果となりました。議員の石破票は73票。非議員の党員の45%、全投票者中の254人が、安倍氏の恫喝と脅迫を無視したことになります。歴史が教える通り、恫喝では人を支配できません。むしろ、長期的には自分の足元を揺るがすことになります。

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私も以前「オレに刃向かった奴は絶対許さない」という執念深い人に、運悪く関わってしまったことがあります。派閥のような徒党を組んで、執拗に悪口を流して潰そうとする。しかし実際には、そんな人間の影響力は見かけほど大きくはありません。悪意丸出しの中傷は逆に周囲を呆れさせ、それを流す側が信用をなくします。

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「あの人を敵に回したらこの業界で生きていけない」と周囲が言う相手とも衝突しましたが、全然そんな展開にはなりませんでした。威圧感を醸し出し、周囲にそう信じ込ませるのも一つの才能でしょうが、それを信じてしまう人が思っているほど世界は小さくありません。世界は大きくて広い。萎縮しなければ乗り越えられます。会社や団体などで、理不尽なパワハラに直面している人は、どうか挫けずに、心を強く持ってください。



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年内の残り三か月は、上記の本二冊と『歴史群像』誌次々号の記事執筆(次号の担当記事「ウラーソフとロシア解放軍(仮)」は既に編集部に送信済み)に没頭する予定ですが、取材を兼ねて韓国に行く予定もあり、朝鮮半島の南北首脳会談の行方にも注目しています。

1950年に始まった朝鮮戦争の終戦合意が成立し、地球上に残る、東西冷戦の最後の最前線とも言える38度線に平和が訪れるのか。戦史・紛争史研究家として、興味深く見守りたいと思います。


【おまけ】

東京滞在中に食べた美味しいもの。今回はシーフードを多くいただきました。

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2017年11月4日 [その他(雑感・私生活など)]

今年も残すところあと二か月となりました。前回の更新のあと、告知しようと思って忘れてしまいましたが、10月12日に大阪・谷町六丁目の隆祥館書店で、内田樹さんの新刊『街場の天皇論』の刊行記念トークイベントがあり、私も一緒に登壇させていただきました。

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イベントでは『街場の天皇論』の内容に関連して、昨年テレビで国民に向けて行われた天皇の「おことば」をどう捉えるか、立憲主義と天皇の地位をどう両立させるか、皇太子と雅子さんの今後の境遇は、など、幅広い話題で盛り上がりました。こうした話題で意見を述べる機会はなかなか無いので、とても貴重でありがたい機会でした。


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また、10月22日には衆議院議員総選挙が行われましたが、三年前の2014年に続き、今回も津田大介さんの「ポリタス」に、今回の選挙で何を基準に投票すべきか、という内容の原稿を寄稿しました。

日本社会が「ウソの氾濫」を許すか否かを問う選挙

選挙の結果はご存知の通りですが、今の政治状況を単純な「点」で捉えるのでなく、五年前、三年前、一年前、そして現在という「線」で捉え、今後の社会がどこへ向かうのかを予想する、いわば「歴史感覚」を研ぎ澄ませて、情勢を見渡す必要があるように思います。


出版関係では、『歴史群像』誌(学研)の12月号が発売されました。

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今回の私の担当記事は「オーストラリアの第二次大戦」で、国の成り立ちから第二次大戦までの歩み、ヨーロッパ地中海戦域(ギリシャ、エジプト、シリア等)と太平洋戦域(マラヤ、シンガポール、ニューギニア、本国の防衛等)での各部隊の足跡を俯瞰的に解説しています。


また、『歴史群像』(学研)に寄稿した記事(掲載から一年以上経過)を、電子書籍化して出版する事業を再開しました。これに伴い、価格も元に戻しました(期間限定で、一冊100円で販売していました)。とりあえず第70巻までタイトルが確定済みで、順次刊行します。今回刊行したのは、以下の三冊です。

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第65巻『クリミア併合 2014』

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金色の丸いものは、ロシアがクリミア半島とセヴァストポリの併合を記念して2014年に発行した記念コイン(10ルーブル)です。


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第66巻『シンガポールの第二次大戦』

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日本人の旅行者も多いシンガポールですが、街角のあちこちには、日本軍占領時代の虐殺や非人道的行為について記した記念碑があります。シンガポール旅行の前にぜひご一読を。


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第67巻『ドイツ空軍の第二次大戦』

第一次大戦後の組織の成り立ちから第二次大戦までの歩み、北欧・東欧・西欧・地中海の各戦域での各部隊の足跡を俯瞰的に解説しています。文量が結構多いです(標準の約2.5倍)。



【おまけ】

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大阪でのイベントの翌日、何十年ぶりかで大阪城とその周辺の博物館を見学しました。

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天守閣からの眺め。この写真に写っている、通天閣とPLの塔を見つけられたら、大阪人検定一級認定です。

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大阪第四師団司令部の建物は、改装されて商業施設になりました。行った日はオープンの数日前で、内部は観られず。

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天守閣北東の角にある、石垣のずれ。太平洋戦争期の大阪大空襲の衝撃で生じたものです。

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天守閣の少し北にある石垣。この弾痕も、太平洋戦争期に米軍の機銃掃射を受けて生じたもの。

 
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2016年12月31日 [その他(雑感・私生活など)]

2016年も、いよいよ今日で終わりです。今年は、私にとっては意外と長い一年でした。はじめの頃に起こった出来事が、もう遠い昔のように感じられます。

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今年出た著書。『日本会議』(集英社新書)、『5つの戦争から読み解く日本の近現代史』(ダイヤモンド社)、『[新版]中東戦争全史』『[新版]独ソ戦史』(共に朝日文庫)の4冊です。特に『日本会議』はあちこちで紹介していただき(増刷も重ね)、関連企画として『kotoba』誌に宗教学者の島薗進さんとの対談記事が出たり、『サンデー毎日』に青木理さんとの対談記事が出たり、『SIGHT』誌に渋谷陽一さんとの対談記事が出たりもしました。

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また、内田樹さん編のアンソロジー本『転換期を生きるきみたちへ』(晶文社)にも、原稿を寄稿しました。

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雑誌『歴史群像』への今年の寄稿は「張鼓峰事件」(2月号)、「シンガポールの第二次大戦」(4月号、カラー頁の企画も連動)、「クリミア併合」(6月号)、「混沌と対立のロシア内戦」(8月号)、「チェコスロヴァキアの第二次大戦」(10月号)、「レッドパージ」(12月号)でした。

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今年は仕事が忙しくて、過去の掲載記事を電子書籍として出版する事業はお休みでしたが、来年は再開する予定です。

六角堂出版の電子書籍カタログ


執筆以外の仕事では、神奈川新聞や琉球新報などのインタビューを受けたり、岩上安身さんのIWJ(インデペンデント・ウェブ・ジャーナル)で6時間を超えるネットインタビューに出演したり、神戸で日本会議と安倍政権に関する講演会を行ったりもしました。

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人前でしゃべるのは正直苦手で、なかなか思い通りに話せずに苦戦していますが、社会問題について自由に意見表明できる環境が少しずつ脅かされているように思えるので、来年も幅広く活動するつもりです。


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仕事以外では、5月にスペイン(バルセロナ、マドリード、トレド)とポルトガル(リスボン、シントラ、ロカ岬)へ旅行し、8月には広島(広島、呉、江田島、宮島)と山口(岩国、周防大島)へ、10月にはチェコ(プラハ、リディツェ、ブルノ、チェスキークルムロフ、チェスキーチェシン)とポーランド(チェシン、クラクフ、オシュフィエンツィム=アウシュヴィッツ)、スロヴァキア(ブラチスラヴァ、バンスカービストリツァ)、ハンガリー(ブダペスト、ヴィシェグラード、バラトン湖、セーケシュフェヘルヴァール、ショプロン)、オーストリア(ウィーン)を旅行しました。

スペイン=ポルトガル旅行についての過去記事

広島=山口旅行についての過去記事

中欧五か国旅行についての過去記事

広島=山口と中欧五か国の旅行は、単行本や雑誌記事のための取材も兼ねてレンタカーで各地を周り、見聞を広めることができました。

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来年は、現時点で本三冊の出版が予定されており、『歴史群像』への寄稿も継続します(1月頭に出る号の担当記事は「シベリア出兵」)。取材を兼ねた旅行も活発に行う計画です。著書を買って下さった皆様、ありがとうございました。来年もベストを尽くしますので、ぜひご期待ください。

それでは、皆様もよいお年を。


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2016年11月3日 [その他(雑感・私生活など)]

月が変わってしまいましたが、今日は旅の報告など。10月10日〜19日まで、本の取材も兼ねて、中欧のチェコとポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、オーストリアをレンタカーで旅行してきました。

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今回クルマで移動した五か国(ポーランドは南部)は、第一次大戦の勃発時にはすべてオーストリア=ハンガリー領で、ポーランドを除く四国は初めての訪問でしたが、文化的にはゆるやかなグラデーションで違いが連なっている感じでした。

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五か国とも、シェンゲン協定の締結国なので、国境越えは基本的にフリーパスでしたが、高速料金の前払いシステムが国ごとに違っているので、新しい国へ入るたび、ヴィニエットと呼ばれる切符を買います。写真はオーストリアのもので、これを車検シールのように、フロントガラスの内側に貼ります。ポーランドだけは、日本と同様に料金所で支払うシステムでした。

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最初の訪問地プラハ。ここは昼も夜も美しい街でした。

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プラハでは、1942年にナチスの高官ラインハルト・ハイドリヒがチェコ人の戦闘員に暗殺された場所や、その暗殺犯らが最後に立てこもった教会(地下が事件関連の博物館になっている)にも行きました。

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プラハで二泊したあと、いったん空港へ戻ってレンタカーを借り、ドライブ旅行がスタート。最初に訪れたのは、空港から10分ほどの場所にあるリディツェ村の跡地でした。この村は、ハイドリヒ暗殺の報復として完全に破壊され、男性の住民は全員射殺、女性と子供は収容に送られて、その多くは命を落としました。

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チェコ東部、旧モラヴィアの古都ブルノ。

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チェコとポーランドの国境にまたがる街、チェシン。ここは第二次大戦に前後して、たびたび帰属が変わりましたが、今は街の中心を流れる小川と橋が国境になっています。

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ポーランド南部のオシュフェンチム、ドイツ語の地名はアウシュヴィッツ。強制収容所の跡地を見学しました。事前にいろいろと予習をして行きましたが、考えるところの多々あった時間でした。

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ポーランド南部の古都クラクフ。

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スロヴァキア中部のバンスカー・ビストリツァ。ここは第二次大戦末期、枢軸国だったスロヴァキアで反ドイツの反乱が発生した場所です。蜂起を記念する博物館があり、隣接する公園にはソ連軍のT34/85やドイツ軍のIII号突撃砲、IV号などと共に、チェコ製のLT38(ドイツ軍が接収した後は38(t)の名称で使用)軽戦車が展示してありました。LT38は、日本軍の95式軽戦車と似た印象。

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ハンガリーのブダペスト。夜景の美しさではプラハと双璧です。王宮の丘には内容の充実した軍事史博物館もありました。

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ハンガリーの名物料理グヤーシュ。香辛料のパプリカを効かせた、牛肉入りの野菜スープです。

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ハンガリーのバラトン湖と、ハンガリー最古の街とされるセーケシュフェヘルヴァール。ホビージャパンの『ビターエンド』をプレイしていた時には、まさか同地やブダペストを車で走ることになるとは思いもしませんでした。

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スロヴァキアの首都ブラチスラヴァ。

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オーストリアのウィーンには、美術史博物館を見学するため数時間だけ滞在しました。

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ハンガリーのショプロンと、その北にある「汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園」。1989年のベルリンの壁崩壊に先立ち、この場所で起きた東独市民のオーストリアへの大量越境が、冷戦崩壊の引き金になりました。

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チェコのチェスキー・クルムロフ。

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帰りは、オランダのアムステルダム経由でしたが、スキポール空港での待ち時間が7時間ほどあり、いったん空港を出てデンハーグへ行き、マウリッツハイス美術館を観たほか、シミュレーション・ゲーム関係の友人であるピーテルヤン・デ・ウィルデ氏とも会いました。

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レンタカーでの総走行距離は、2365kmに達しました。今回は少し古い型のプジョー車でしたが、よく走ってくれました。運転中は写真を撮っていませんが、ハンガリーの田舎道は紅葉がとても綺麗でした。

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さて、これとは別に告知をひとつ。ハビエル・ロメロ氏がデザインした、GMT社のシミュレーション・ゲーム『スペイン内戦(The Spanish Civil War)』の日本語版を、シックス・アングルズ別冊第11号として出すことが正式に決定し、契約書を取り交わしました。今年の残りと来年初頭は、執筆の仕事で忙しいので、発売は2017年の夏以降となりますが、今回もコンポーネントの改良などを行い、ベストの形で発売する所存です。ぜひご期待ください。

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2016年9月12日 [その他(雑感・私生活など)]

2016年のセ・リーグ優勝は、広島東洋カープに決定しました。私は阪神ファンですが、8月17日から19日まで広島(および山口)に旅行して、街中での「カープ愛」に触れたこともあり、先日の巨人との優勝決定戦は「赤組」を応援していました。カープファンの皆様、優勝おめでとうございます。

今日は、その広島旅行時に撮った写真を紹介しながら、行程を振り返ってみます。

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今回の旅行では、新大阪から広島まで新幹線を利用しましたが、行きも帰りも「さくら」に乗りました。普通車でしたが、座席は二席+二席の配列で、三席+二席の東海道新幹線よりも快適でした。

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広島についてレンタカーを借り、最初に向かったのは平和記念資料館でした。半分改装中で展示スペースはやや狭い印象でしたが、外国からの訪問客が予想より多く来ていました。

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そのあと、平和公園を通って「原爆ドーム」へ。人類史上初の核攻撃を受けた都市に残る、核兵器の威力を示す残骸。今の核兵器は、広島に投下されたものよりもさらに強力になっています。

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二日目は、まず呉へ移動し、大和ミュージアムを見学。館内の展示でいきなり吉田満少尉の写真が目に入り、ちょっと戸惑いました。と言うのも、東大在学中に学徒出陣で海軍将校となり、戦艦大和の乗員として沖縄特攻に参加して九死に一生を得たのち、『戦艦大和ノ最期』などの著作を残された吉田満さんの著書『戦中派の死生観』を、行きの新幹線(そして広島滞在中および帰りの新幹線)で読み、当時の海軍軍人に思いを馳せていたところだったからです。

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大和ミュージアムの隣にある、海上自衛隊の呉史料館には、湾岸戦争後に海上自衛隊が行った掃海作業についての詳しい展示があり、興味を惹かれました。

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その反対側の隣にある埠頭からは、艦船めぐりという海上自衛隊の艦船を海から近づいて見せてくれる遊覧観が出ています。海上自衛隊OBらしき人が、個々の艦船について説明してくれます。

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呉でしばらく過ごしたあと、音戸の橋を渡るルートで江田島に渡り、旧海軍兵学校を見学しました。ここは、今も海上自衛隊第一術科学校として使われ、大勢の若い自衛官が訓練と勉学に励んでいます。旧海軍兵学校内にある「教育参考館」という建物は、幹部候補生の教育施設で、勝海舟の頃からの日本海軍に関する貴重な物品や書などが多数展示してある「日本海軍博物館」的な施設(館内撮影厳禁)ですが、特攻で死んだ海軍軍人の名前が何枚もの大きな大理石に刻んであるのを見て、事実の重さを再認識させられました。

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江田島の入り江には、牡蠣の養殖棚がたくさん並んでいました。こんな炎天下で、牡蠣が水の外に吊されていて死なないのかと思いましたが、満潮になると海の中に戻るのでだいじょうぶらしい。江田島湾内には、大きくなった牡蠣をさらに深いところに沈める設備が浮かんでいます。

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三日目は、朝のうちに宮島へ行き、厳島神社を見学しました。過去の台風でも動いたことがないという沖合の鳥居は、遠くから眺めると優雅ですが、ズームで見ると競輪選手の太腿のように踏ん張りの効きそうな足をしています。ちょうど満潮時だったため、赤い建物が空の青や海の青緑に映えて美しい光景を楽しめました。

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宮島で早めの昼食を食べたあと、山口県に入り、岩国の名所・錦帯橋へ。今まであちこちで橋を見てきましたが、これは観に行った甲斐があったと思う眺望でした。アーチ型に盛り上がった橋の上からの眺めもすごくいい感じです。

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岩国からさらに足を伸ばし、周防大島の東端にある陸奥記念館へ。戦艦陸奥は、第一次大戦後に長門型戦艦として就役し、大和が登場するまでは長門と共に日本海軍のシンボル的存在でしたが、太平洋戦争最中の1943年6月8日、原因不明の爆発事故を起こし、記念館から望める柱島沖で沈没しました。艦内には、引き揚げられた船体の一部や、三好艦長をはじめとする乗組員の遺品などが展示されています。

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周防大島からの帰り、山口県の玖珂SAに立ち寄ったら、関西や三重県では見かけないカテゴリーのアイテムを販売していたので、いろいろ衝動買いしてしまいました。その後、夕方の渋滞に巻き込まれて、陸奥記念館から広島駅近くのレンタカー会社まで、ほぼ三時間を要しました。

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広島で食べたものは、どれも満足度が高かいものでしたが、特に宮島の「はやし」でいただいた焼き牡蠣が絶品でした。身が大きくて味や風味も濃厚。同じ店のあなごめしも、身が分厚くて満足できました。大和ミュージアム隣で食べた「海軍士官カレー」も、大きな牛タンが柔らかくて美味でした(見た目より量がある)。

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広島で借りたレンタカーの走行距離は、三日で382キロでした。最終日の周防大島が遠かったですが、三日とも快晴で、だいぶ日に灼けました。


 
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2016年5月24日 [その他(雑感・私生活など)]

今日も告知から。集英社新書より、7月15日に拙著『日本会議 戦前回帰への情念』が発売される予定です。既にアマゾンなどの書店では予約の受付が始まっていて、一時は「本全体で60位」になっていました。

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山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』(Amazon)

また、同じ集英社から6月6日に発売される雑誌『kotoba』でも、島薗進さん(宗教学の大家)と私の対談記事6ページが掲載される予定です。記事タイトルは『「日本会議」と宗教ナショナリズム』です。

7月中旬にはダイヤモンド社より、ソフトカバー単行本『5つの戦争から読み解く日本近現代史』も刊行されます。この本は、明治の岩倉使節団から現在にいたるまでの日本の近現代史を、主要な戦争とその前後の政治的潮流を軸にわかりやすく解説したものです。

さらに、6月から7月のどこかには、晶文社さんより、内田樹さんが中心となったアンソロジー本『転換期を生きるきみたちへ』(テーマは「中高生向け」)も発売される予定です。内田さんや想田和弘さん、白井聡さん、小田嶋隆さんらと並び、私も一本寄稿しています。

そして、8月7日には、2001年に学研M文庫から発売され、累計7万部のベストセラーになった拙著『中東戦争全史』の「増補版」が、朝日文庫より出版される予定です。

オリジナルの九章に加えて、2001年の「9.11」から現在までの出来事を扱った二章を書き下ろしたもので、ビンラディンとパレスチナ問題、イスラエルが建設を強行した「分離壁」、イランの核開発を妨害するためにイスラエルが行ったとされるサイバー攻撃、アラブの春とシリア内戦、そして「イスラム国」の出現とパレスチナ問題の関係(「イスラム国」はイスラエルだけでなく、パレスチナ側のファタハとハマスも敵視している)などを書き足しています。

ちなみに、7月頭に出る『歴史群像』誌には、担当記事「ロシア内戦」が掲載されます。

以上のように、6月から8月にかけて、単行本一冊と新書一冊、文庫本一冊、共著のアンソロジー本一冊、寄稿とインタビューが掲載される雑誌二冊が相次いで出版される予定です。どれもテーマ的にはバラバラに見えますが、実はすべて根底で繋がっていると私は理解しています。関心のある方は、ぜひご期待ください。





さて、5月の6日から18日まで、スペインとポルトガルに旅行していました。バルセロナに近いところに住む、スペイン人のシミュレーション・ゲーム・デザイナー、ハビエル・ロメロ氏と昨年からフェイスブックでやりとりしており、行くなら5月がお薦めだということだったので、執筆の仕事が一段落するであろう5月に行こうと決めていました。

そして、具体的な旅行日程は、サッカーの強豪・FCバルセロナの本拠地カンプ・ノウ(カムノウ)での最終戦「バルサ対エスパニョール」のチケットを、公式サイトで買ったところから決めていきました。試合日は5月8日だったので、その前後にバルセロナに滞在し、それからマドリードへ移動する形で、日程を埋めていきました。

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FCバルセロナの試合は、コーナーに近い前から4列目の席で観ました。ピッチと一階席は地下に掘られた高さにあり、メッシとスアレス、ネイマールとラフィーニャが得点を決めて大勝しましたが、当代最高とも評されるMSNトリデンテ(メッシとスアレス、ネイマール)がすぐ目の前でプレーする姿に興奮しました。

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試合当日の昼には、バルセロナ市内でハビエル・ロメロ氏と会い、ちょっとしたインタビューを行いました。インタビューは、日本語版はシックス・アングルズ別冊第11号『スペイン内戦』(現在ライセンス交渉の最終段階を行っているところ)の本誌に、英語版はGMT社の機関誌『C3i』誌に、それぞれ掲載される予定です。

ちなみに、別冊第11号『スペイン内戦』はGMT社の『The Spanish Civil War』の日本語ライセンス版で、デザイナーはロメロ氏です。

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バルセロナでは、アントニ・ガウディの建築物をいろいろ見学しました。カサ・バトリョ、カサ・ミラ、グエル邸なども興味深い建物でしたが、特に印象的だったのは有名なサグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)でした。

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有名な観光地は、行ってみるとガッカリということも多いですが、ここは逆でした。建設経緯や構造の予習をしていきましたが、想像を軽く10倍は超える感動を味わいました。本当にすごいところです。中に入って見上げた瞬間から、頭の中で音楽が聴こえている気がしました。石造の建造物なのに、森の中にいるような抱擁力を感じました。

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その後、マドリードではバルをはしごしたり(イベリコ豚の生ハムのサンドイッチは安くて美味しいので、毎日どこかで食べました)、フラメンコを観たり、大きな美術館(プラド、ティッセン・ボルネミッサ、ソフィア)で名画を堪能したりしました。そして、鉄道で40分くらいの場所にあるトレドにも行き、スペイン内戦で激戦地となった「アルカサール」(戦後に再建)も見学しました。

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それから、ポルトガルへと移動し、リスボンとシントラ、そして「ユーラシア大陸最西端」のロカ岬などを見て回りました。行くまでは、ポルトガルはスペインの影に隠れた感じで、あまりはっきりしたイメージを持っていなかったのですが、町も人も落ち着いた雰囲気で、地下鉄などの公共交通機関の治安もスペインより安全な感じで、ゆっくり過ごせるところでした。

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最終日、ホテルからリスボンの空港まで地下鉄で移動しました(けっこう近い)が、駅でトランクを持って階段を降りようとしたら、見ず知らずのおばちゃんが、手振りで「あっちにエレベーターがあるわよ」と親切に教えてくれました。そんな、ほっこりした気分を胸に、ポルトガルを後にしました。

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今回も、あちこちで面白いもの、驚くようなものをたくさん見聞きして、たっぷり充電してきました。今後の仕事にも、いろいろな形で活かせたらと思っています。




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2016年4月19日 [その他(雑感・私生活など)]

今日はまず告知をひとつ。神奈川新聞の連載企画記事をまとめた単行本の第二弾『時代の正体2』(現代思潮新社)の見本が手元に届きました。

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神社の改憲署名に関連する私のインタビュー記事(2P)も再録されていますが、他にも今読んでおくべき深い論考が満載です。これぞジャーナリズム、という緊張感のある内容です。もう書店でも発売されているはずです。


最近は仕事が忙しくて、ゲームをプレイする時間がなかなか取れませんが、今週末は久々にできそうです。先日、超ひさしぶりに、カッターでユニットを切断しました。

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また、仕事の息抜きでebayオークションを見て、つい購入してしまったゲームが、いくつか手元に届きました。

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まず、ポーランド製のボードゲーム『行列(コレイカ)』。共産主義体制下ポーランドの商品不足と買い物の苦労を題材にしたゲームです。と書くと、軽いおふざけのようなブラックジョーク的な印象がありますが、ルールブックには当時の経済状況を真面目に解説した記事(シミュレーション・ゲーム的に言えばヒストリカル・ノート)も収録されています。東欧の社会史の一面を、遊びながら理解できるツールでもあります。

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ポーランド版には日本語を含む各国語のルールが同梱されていますが、日本語の出来がかなり良くて、カードに貼る対訳シールも完備(ただしプレイに必要なカードのみで、商品カード等は未訳)されています。いろんな意味で、プレイするのが楽しみな作品です。

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海外のあるネット記事では「このゲームのロシア語版がロシアで販売禁止になった」と報じられ、私もそれを信じてフェイスブック等で紹介したのですが、FBフレンドのロシア人ゲーマーから「そんな事実はないよ、今でもロシアのゲームショップで売られている。値段が高いなどの理由で売れていないだけ」だという情報を得て、教えてくれたリンク先を見ると、確かに売っていました。ロシア語版のタイトルは『オチェレディ(意味は同じく行列)』で、このロシア人フレンドに一個買ってもらいました。届くのが楽しみです。

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ちなみに、旧ソ連の国からebayで本などを買うと、本当にこういう包装(茶色い紙で包んで麻ひもで十字に縛る)でやってきます。


もう一つ、こちらはソ連崩壊前の1988年に米国アバロンヒル社から発売されたボードゲーム『クレムリン』。

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発売時に買い逃していましたが、ようやく初版の「ゴルバチョフボックス仕様」を手に入れました。ソ連政府内の権力闘争がテーマ。

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左はソ連時代に使われていたゴルバチョフ書記長の公式ポスター。けっこう上質な分厚い紙に、高精細で綺麗に印刷されています。

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クレムリン』に登場するソ連政府高官のカードはフィクションですが、ロシア革命直後のボリシェヴィキ政権時代を扱ったヒストリカル・バリアント『レボリューション(革命)』も後に発売されました(黄色い枠のカード)。レーニン、トロツキー、スターリン、ジェルジンスキーなど著名人による仁義なき戦いが繰り広げられます。

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ただし、プレイ経験者によると、『レボリューション』の方はプレイバランスがあまり良くなく(チェーカーの粛清効果が強すぎるのと、年功序列というオリジナル版の特徴的ルールがうまく機能しないなど)、ゲームとしての完成度はオリジナル版の方が高いそうです。こちらも、いずれプレイしてみたい品です。



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2015年12月31日 [その他(雑感・私生活など)]

今日はまず告知から。朝日新聞出版さんのPR誌『一冊の本』2016年1月号の見本が届きました。私の原稿「見失われつつある『歴史を学ぶ理由』」も掲載されています。税込100円で、都心の大型書店にはあると思いますが、小さい書店でも取り寄せ可能なはずです。

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さて、2015年もいよいよ今日で最終日となりました。さまざまな出来事がありましたが、公私ともに非常に充実した一年でした。

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雑誌『AERA』(朝日新聞出版)3月30日号で、小島慶子さんと対談させていただいた頃から、今までの戦史・紛争史の枠とは少し異なる仕事の依頼を受けるようになりました。地方紙・全国紙の新聞やネットメディアのインタビューを受け、年の後半には、講演やラジオ生番組の出演を初めて経験しました。たくさんの人とお会いして、いろいろな話ができたことも、自分にとって大きな収穫でした。

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8月12日 沖縄県那覇市で講演「戦後70年 戦史の実例から『軍と市民の関係』を問い直す」(主催・琉球新報)

2015年8月21日の記事



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8月30日 国会議事堂前の安保法制反対デモに参加
8月31日 前日のデモに関する談話が神奈川新聞に掲載
9月1日 著書『戦前回帰』(学研教育出版、現学研プラス)

2015年9月1日の記事



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11月9日 文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ』出演

2015年11月15日の記事


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私が、現在進行中の歴史、つまり同時代の政治的問題に積極的に関わる理由については、以下の記事で少し説明しました。

2015年11月3日の記事

政治権力が当たり前のように歴史研究に介入して、時の権力者に都合のいい歴史だけを書かせ、不都合な歴史は書くことを禁じるという政治体制の国は、戦前戦中の日本やドイツを含め、過去にいくつもありましたし、現在も少なからず存在しています。今まで、私が世界中の戦史や紛争史についての原稿を自由に書けていたのは、私が生きてきた戦後の日本社会が「幸いにもそういう政治体制ではなかった」からですが、来年以降もそうであり続けるのか否かは、今を生きる日本人の行動と態度によって左右されます。そういう重要な分岐点に、我々は今立っていると、私は理解しています。(記事より一部抜粋)


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あと、シックス・アングルズ第16号『ベルリン陥落 1945』を無事に刊行できたこと、年末に前々から行きたいと思っていたシンガポールへ旅行できたことも、自分にとって満足のいく出来事でした(シンガポールの帰りに滞在した台湾の台北と台南での時間も)。ゲームデザインや外国旅行は、私にとって重要な「栄養補給」という面があるので、来年も積極的に時間をとっていきたいと思っています。

今年一年、ご愛顧や応援を下さった皆様、どうもありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

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