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2008年11月10日 [その他(戦史研究関係)]

現在発売中の歴史群像誌に、拙稿「評伝マッカーサー」を掲載していただいていますが、先日の田母神前航空幕僚長解任の経緯を見て、朝鮮戦争当時のトルーマン大統領によるマッカーサー罷免を連想してしまいました。

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当時、トルーマンは中国の参戦で泥沼化しつつあった朝鮮戦争を平定するため、手ごろな妥協点として「北緯38度線」に着目し、この線で両軍が休戦するという和平案を中国側に打診していました。しかし、国連軍総司令官のマッカーサーは独自の政治的信念に基づき、「北緯38度線という概念に軍事的意義はない」と言い放った上「もし国連軍に課せられている軍事行動面での制約が取り払われたなら、わが軍は中国本土を攻撃し、中国共産軍を撃滅できるだろう」と、トルーマンが進めていた和平工作の意味を根底から否定するような声明を発表してしまいました。これを聞いて激怒したトルーマンは、即座にマッカーサーを罷免し、彼の長い軍歴に事実上のピリオドを打ちましたが、【1】米軍の最高司令官は大統領であること、【2】その大統領が進めている和平工作を根底から潰すような政治的影響力を持つ声明を、大統領の指揮下にある軍人が(大統領の許可を得ずに)発表することは、明確な越権行為であること を考えれば、この罷免は至極当然の処分であり、実際米軍の上層部でもマッカーサーの行為を擁護する意見はほとんどありませんでした。

田母神前航空幕僚長の論文投稿も、これと同様に【1】自衛隊の最高司令官は内閣総理大臣であること、【2】その内閣総理大臣が進めている外交政策に重大な影響を及ぼすような政治的影響力を持つ論説を、内閣総理大臣の指揮下にある自衛隊の最高幹部が(内閣総理大臣の許可を得ずに)発表することは、明確な越権行為であること の二点において、処分の対象とされて然るべき行為だったと言えます。公務員が在職のままで行う政治的発言や行動は、「公」つまり所属する社会機構の方針に沿う必要があり、思想や信条の自由を盾に、独自の政治的判断を持ち込むことは許されないはずです。

件の論文の内容は、「諸君!」や「正論」などの保守系論壇誌でしばしば見かけるものと大同小異で、特に目新しい認識などはなかったと思いますが、もちろん自衛官を含む公務員にも思想や信条の自由は保障されており、内心でどのような歴史認識を抱こうとも、それは本人の自由であり、権利でもあります。ですから、私は氏の論文内容についてはあえて論評しませんし、田母神氏が退官した後で評論活動の一環として件の論文を投稿したのであれば、何の問題にもならなかったでしょう。

しかし、航空幕僚長という地位にある公務員が、現職のまま、公式な政府見解から大きく逸脱する声明や論説を発表することは、その内容の如何にかかわらず、特定の政治的意図を満たすための「スタンドプレー」に他なりません。にもかかわらず、日本政府はトルーマンのように彼を「罷免」せず、形式上は穏便に「定年退職」したとする措置をとったようです。新聞やテレビなどのメディア産業はもう、問題の本質を深く掘り下げて報道してくれようとはしなくなったので、その理由や背景は推して知るべしというところでしょうが、こうした温情人事は、前の戦争でしばしば繰り返された日本陸軍や海軍における(責任を曖昧にする)体質と非常に似通った印象を内外に与えるので、むしろ論文内容よりも日本政府(とりわけ内閣総理大臣)の微妙に腰が引けた姿勢の方が、我々にとっては大きな問題なのかもしれません。

ちなみに、この出来事を取り上げている記事の中で、元防衛大臣の石破茂氏の公式ブログはなかなか興味深い内容でした。記事に添えられているコメントも含め、賛否はともかく、一読をお奨めします。

田母神・前空幕長の論文から思うこと(石破茂ブログ)
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