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2009年5月4日 [その他(戦史研究関係)]

今日は、先日のアフリカ旅行の帰りに立ち寄った香港の空港で購入した、中文の戦史書についての話を少し書いてみます。

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右から『中共建國以来十大戦争真相』『1979 対越戦争親歴記』『國共内戦 護國與解放』

飛行機の乗り継ぎ待ちで少し時間があったので、免税品店をいろいろ物色していたところ、あるお店の書棚に並ぶ本の中に『中共高官情婦列伝』というタイトルを見つけ、私は職業的好奇心を感じて、思わず店内に入ってしまいました。件の『情婦列伝』は、私が期待したほどの内容ではなかったので買いませんでしたが、その店の書棚には意外にも国共内戦をはじめ中国の軍事史に関する書物が豊富に並んでいて、私はそれらの中身を読み比べた後、上の3冊を購入しました。

『中共建國以来十大戦争真相』(鄭義、文化芸術出版社、香港、2005年)は、国民党の台湾脱出によって大陸における(第二次)国共内戦の決着がついた後の、中国人民解放軍が参加した紛争(金門島上陸や八・ニ三砲撃戦をはじめ、朝鮮戦争やインドシナ戦争、ベトナム戦争への派兵、中越、中印、中ソの各国境紛争など)について、具体的な軍事的情報(戦闘序列や損害データ、作戦経過など)を豊富に収録したもので、とりわけ情報の少ない中越、中印、中ソの各紛争についての情報は貴重だと思いました。


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『1979 対越戦争親歴記』(王志軍、星克爾出版有限公司、香港、2008年)は、1979年に発生した中国とベトナムの紛争についての研究書で、こちらもベトナム軍の初期配置情報(上)や中国軍の参加部隊ごとの損害一覧(下)など、ゲームデザイナー的関心を刺激される情報が豊富に含まれた内容です(軍人や戦場の写真も豊富です)。中越紛争の資料を長らく探していた私は、迷わず購入しました。ちなみに、最近復活したYSGAさんのブログで、何年か前の記事に中越戦争のゲームが紹介されていて、欲しくなってしまいました。どなたか、購入できるルートをご存知ないでしょうか。


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『國共内戦 護國與解放』(光亭・李中凱・張利行、知兵堂、台北、2007年)は、他の2冊とは異なり、香港ではなく台湾の出版物で、国共内戦末期の主要な戦闘をピックアップして、上記の2冊と同様に具体的な軍事的情報を豊富に盛り込んだ本です。台湾の著作ということで、国民党サイドに偏向した内容かと思いきや、主要な指揮官の経歴紹介では解放軍(中共軍)の人物についても対日戦での戦功や戦後の役職などを淡々と書き記してあり、参加部隊解説や戦闘序列などのデータもバランスがとれた記述であるように感じられました。

中国に返還されて10年以上が経過した香港で、こういった文献を入手できた(そして同じ出版社から刊行されている他の戦史書についての情報も得られた)のは、私にとって予想外の収穫であり、私は香港から関空への機内で中文のページを眺めて、漢字の並びから大まかな内容を推理しながら「中国に移管して10年以上経ったけど、香港の(ネガティブな意味での)『中国化』は、まだ意外と進んでいないのかも」などと考えていました。それだけに、自由闊達な香港映画界の大スターであるジャッキー・チェン氏が、今年の4月18日にある国際会議で「自由すぎると、香港のように混乱する。台湾も混乱している。中国人は管理しないと、やりたい放題だ」という発言をしたと聞き、私も少し混乱してしまいました。

ご存知のとおり、香港は99年間にわたる英国植民地を経て、1997年に中華人民共和国へと返還されましたが、行政面では今でも一定の自治が認められた形式となっていて、香港特別行政区という自治政府が、「基本法」と呼ばれる香港専用の憲法(1990年4月制定)に則って、香港の統治を行っています。中国本土と香港の往来も厳しく制限され、先の北京夏季オリンピック大会にも中国とは別に独自チームを送り込んでいました。香港における言論の自由は、基本法の第27条によって保障されており、中南海(中国政府首脳の居住する北京市内の一角で、ソ連/ロシアのクレムリンに相当?)における権力闘争の内幕や著名な中国共産党高官の実像などに関する政治的にデリケートな情報が、香港の出版物経由で海外へと伝えられることもしばしばでした。

香港映画で大活躍したジャッキー・チェン氏の件の発言は、前後の文脈までは報じられていないようなので、彼の真意が何であったのかはよくわかりませんが、彼の言う「自由すぎる香港」とは何を指すのか、彼が望ましいと考えているところの「管理」とはどのようなものなのか、非常に興味を惹かれるところではあります。英国保護下で培われ、数々の名作映画を生み出した香港の自由な気風に、今では嫌気が差したということでしょうか、それとも、熱く熱した器にいきなり冷水を注いだり、冷やした器にいきなり熱湯を入れると、器が一瞬で割れてしまうから、温度変化は徐々にしないといけない、という意味なのでしょうか。彼は、いわば香港社会の表と裏を知り尽くした人物ですが、その一方で北京五輪の聖火リレーや開会式では一貫して北京政府に好意的な姿勢をとっていたわけで、彼が中国と香港の転換期をどのように捉えているのか、自分や周囲の人間にとって、どのような未来を望ましいと考えているのか、そのあたりを深く突っ込んだインタビューを、NHKスペシャルか「クーリエ・ジャポン」あたりでしてくれたら嬉しいのですが。

ちなみに、台湾の知兵堂という出版社は、ミリタリー関係の研究書や定期刊行雑誌なども発行しているようで、前掲書の巻末にあるリストを見ると、なかなか興味を惹かれるタイトルが散見されます。大徳意志(グロスドイッチュラント)部隊史は、ちゃんと「歩兵団(歩兵旅団)」「摩托化歩兵師(自動車化歩兵師団)」「装甲擲弾兵師」の三部作になっていますし、雑誌の『月刊突撃』のバックナンバーには、「硫磺島 浴血戦」とか「1982 英阿福克蘭群島戦争回顧(阿はアルゼンチン、福克蘭群島はフォークランド諸島)」とか、「半島非情 1944年蘇徳克里米亞半島攻防戦(蘇はソ連、徳はドイツ、克里米亞半島はクリミア半島)」とか、興味深いテーマの記事が収録されているようです。もし台湾に行かれる方がおられましたら、書店で探してみられてはいかがでしょうか。
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きむ

中共高官情婦列伝。。。。
そそられるタイトルですなあ(笑)

by きむ (2009-05-05 13:57) 

田村

お邪魔します。
欲しいと仰っているゲーム、「中越大戰」だと思いますが、ひょっとすると、旺角のショップにあるかもしれません。が、四半世紀前のゲームなので、いずれにせよ、入手は非常に困難でしょう。
http://www.boardgamegeek.com/boardgame/15168/
実は先日、香港も含めたアジア各地のウォーゲーム事情を紹介した記事のテスト稿をCMJに送ったのですが、山崎さんにもお送りしましょうか?
by 田村 (2009-05-06 22:50) 

Mas-Yamazaki

きむさま: コメントありがとうございます。まぁ、どこまで真実かはともかく、また出版物としての品性はともかく(笑)、こういうタイトルの本が国際空港の免税品店で堂々と売られているあたり、香港もまだまだ大丈夫という気がするのですが。

最近のいくつかの騒動(ラジオで「答の言えないクイズ」を出題していた某関西芸人の「謝っている相手を言えない謝罪」など)を見ると、むしろ日本の方が大丈夫ではなくなってきているようにも思えますね。
by Mas-Yamazaki (2009-05-07 23:32) 

Mas-Yamazaki

田村さま: コメントありがとうごさいます(ごぶさたしています)。そうそう、これですよ、「中越大戰」。やはり入手は難しいですか。しかし旺角にシミュレーションゲームを売っている店があるとは知りませんでした。事前に知っていたら、先日の旅行時に覗きに行ったのですが…。

「アジア各地のウォーゲーム事情」の記事、おもしろそうですね。非常に興味がありますので、もし差し支えなければ、見せていただけるとありがたいです(もちろんアイズ・オンリーで、読後感の披露などはコマンド誌の記事掲載後にします)。こういう記事は、田村さん以外には書けないと思いますし、楽しみにしています。

あと、お名前のリンク先のサイト(XoD)を興味深く拝見しました。非常に深い分析と、明快な論理展開に感銘を受けました。とりわけ「ソムリエと観客」の記事は、私がここ10年くらいに読んだシミュレーションゲーム関連の雑誌/サイト/ブログの記事の中ではトップ3に入る内容でした。

私も石田さんとの飲み会で何度か、「初心者を増やすには云々」という前提そのものが違うんじゃないか? というような話になったことがありますが、この記事はそのモヤモヤした疑問に明快な答えを出してくれたように思いました。「観客の必要性」という視点も卓見ですね。
by Mas-Yamazaki (2009-05-07 23:44) 

しおさく

山崎様、いつも貴書およびSA誌を楽しみにしています。
田村様のサイトを小生も見させて頂きました。まったく同感です!

小生は60年代生まれの出戻りですが、20世紀のブーム時も今も対戦プレイと言うものを殆ど行ってません。時間の制約も大きいのですが、一見では入りにくく二の足を踏んでいるのが現状です。しかし、気軽にネットなりリアルでも観客として観戦する分にはずいぶん敷居が低くなると感じました。

行動心理としてよくある店頭販売時のユーザーの行動に似てると思います。
商品を色々眺めたい(まずはネット)、実際に手にとって見たい(リアル)、より詳しく見たい(プレー風景も)、でも店員さんには必要以上に声をかけて欲しくない(既存サークルの皆さんゴメンナサイ)、
そういう心理は初心者(対人プレー初心者も含む)には大きくあると思います。

そういえば昔Tac-conなど大きな会場でやっている時は見に行きやすかったです。今大きな会場で、というのは資金的なハードルも高く難しいかもしれませんが一つの解決方法かもしれません。(そういう意味では業界合同で、何ていうのもアリかも?)

プレーするゲームとしての初心者対策よりは確かに観客を増やす事は素晴らしく、目から鱗が落ちる思いでした。さらに垣根も低く出来ればさらに良いかもしれません。

>山崎様、田村様、
山崎様のサイトで田村様のサイトについてコメントする事は多少疑問に思ってはいますが、同じく感銘を受けたものとして一言コメントしたく思い、失礼とは思いますがご容赦頂ければ幸いです。


by しおさく (2009-05-08 13:14) 

きむ

山崎様
>>どこまで真実かはともかく、また出版物としての品性はともかく(笑)、こういうタイトルの本が国際空港の免税品店で堂々と売られているあたり、香港もまだまだ大丈夫という気がするのですが。
私も一番ツボだったのがタイトルもさることながら(品がない・・というより胡散臭い)、空港で売られていたということですね。

>>最近のいくつかの騒動(ラジオで「答の言えないクイズ」を出題していた某関西芸人の「謝っている相手を言えない謝罪」など)を見ると、むしろ日本の方が大丈夫ではなくなってきているようにも思えますね。

無期限謹慎のあの方・・ですよね?
謝る相手の顔が見えない・・というのは不気味さを感じます。
『相手』に関しては色々噂は取り沙汰されておるようですが。
日本はこれからどうなっていくのでしょうかね・・
by きむ (2009-05-10 23:37) 

Mas-Yamazaki

しおさくさま: コメントありがとうございます。「より詳しく見たい、でも店員さんには必要以上に声をかけて欲しくない」というのは、非常に的を射た表現だと思います。特定のゲームが、実際にどんな風にプレイされているのか、それを確かめるための敷居を低くする上で、「観客」的な立場の情報源を増やすことは、新規参入の助けになる可能性が高いのはもちろん、既にプレイしている我々にとっても、より有益な環境になるかと思います。

その意味では、既存のゲーマーやサークル/クラブのサイトの中では、YSGAさんのブログが一番「観客」的要素に配慮していると言えるかもしれません(私の知る限りでは、という留保つきですが)。前に、同ブログでアバロンヒル社の「イエローストーン」をプレイしている光景が写真入りで丁寧に紹介されていましたが、文章がとにかく面白くて、非常に楽しく読んだ(そして自分もそれまでまったく興味の対象外だった同ゲームをプレイしてみたくなった)記憶があります。

ちなみに、私はゲームの例会で自分の手番が終わった後、厠に行ったり飲み物を買ってくるついでに、他のテーブルのプレイを見物することもありますが、特に何か話し掛けられるわけではなく(もちろん、こちらが質問すれば気軽に教えてくれます)、興味が満たされたらそこを立ち去って、自分のテーブルに戻ることが多いです。

サークルごとに方針や雰囲気は微妙に違うとは思いますが、私がいろいろ見てきた感じでは、参加者それぞれのペースをきちんと尊重してくださる紳士的な方が多いような気がします。面識の無い相手ばかりの例会に初めて参加するというのは、確かに勇気のいることですが、思い切って一歩踏み出せば、得がたい「戦友」と出会えるかもしれませんよ。

あと、このコメント欄で田村さんのサイト(あるいは私が記事やコメント欄で評価した対象)を誉めて下さっても、全然問題ありません。私自身が誉めているわけですし、あの記事は一人でも多くの人に読んでいただきたいと考えていますので。
by Mas-Yamazaki (2009-05-12 00:26) 

Mas-Yamazaki

きむさま: コメントありがとうございます。テレビや新聞が完全に黙殺しても、その気になって情報をあれこれと検索すれば、彼の「謝罪の相手」が誰なのか、市民がおおよその見当をつけられる時代になったというのは、ある面では「進歩」と呼べるのかもしれません。物理的・精神的圧力をかけて相手を黙らせるという、以前にはきわめて有効だった威嚇的方策が、逆に自らのダメージになる場合もありうるという、おそらく当事者も予想しなかった展開になっているという見方も成立するかと思います。

ただ、ネットという媒体もまだまだ「過渡期」であって、今後の展開は予想できませんね。日本がこれからどういう方向へ進むのかは、私にもよくわかりませんが、世界中がこの先どうなるかわからない時代ですし、政治家も高級官僚も財界の人たちも、長期的な目標を立てるのは大変だろうとは思います。
by Mas-Yamazaki (2009-05-12 01:24) 

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