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2009年6月11日 [その他(雑感・私生活など)]

今日は、国際政治関連の話題です。最近は、テレビのニュース番組で北朝鮮関係の報道を見ない日はないようになりましたが、いろいろな情報を私なりに総合すると、あの国は現在、大きな歴史的転換点に差し掛かっているように見えます。

その転換点とは、言うまでもなく二代目から三代目への権力委譲という、同国にとって最も重要な一大政治イベントであり、同国はそのイベントを成功させるための政治宣伝工作の一環として、さまざまな趣向を凝らした軍事的アトラクションを展開し、それを新たな指導者および指導層の影響力強化に結びつけようと試みているようです。

以前に『歴史群像』誌の「北朝鮮建国史」という記事でも書きましたが、あの国の初代首領は、庇護者であったソ連政府とソ連軍の後押しで巧妙に神格化された上、大規模な戦争を指導して最終的に「負けなかった」という実績により、国家指導者としての地位を確固たるものとしていました。そして、二代目への権力委譲に際しては、初代の絶大な政治的威光が決定的な役割を果たし、「あの偉大な初代が選んだ人物だから」ということで、異論を排することに成功しました。

しかし、二代目の時代に入って国内経済が急激に悪化し、東欧諸国が次々と社会主義路線を放棄して再スタートを切る動きにも乗ることができず、経済的にも文化的にも国際社会から大きく取り残された状況にある同国では、二代目の政治的威光の源泉となるはずの「国家指導者としての実績」がこれと言って見当たらず、二代目から三代目への権力委譲を政治的な「威光」によって円滑化するためには、何らかの「実績」や「国家指導力の誇示」といった材料を、無理にでも創り出さなくてはなりません。

ある組織の指導部が、情報操作によって外部勢力の一部を「敵」に仕立て上げ、その「敵」が自分たちに不当な攻撃を仕掛けているかのように盛んに宣伝することで、自らの立場を正当化するのと共に、組織内部の結束を図るという方策は、これまでの歴史の中で、独裁国家や狂信的なカルト教団がしばしば用いた常套手段です。しかし、こうした場当たり的な対処法に頼らざるを得なくなるというのは、その組織の指導部が持つ求心力や影響力が著しく低下している(または最初から弱い)ことの表れであり、ただでさえ良好とは言えない外部勢力との関係も、見境のない攻撃的言辞によってさらに悪化するという悪循環に陥り、最後には孤立無援の状態となって、哀れな末路をたどることになります。

北朝鮮の指導部は、軍事的に中途半端な存在の日本ではなく、世界最強の軍事力を誇る「覇権国家」アメリカを自国の「敵」と設定し、北朝鮮政府と北朝鮮軍は「強大なアメリカの不当な攻撃意図に屈せず、今日も毅然とした姿勢で対峙している」という、旧約聖書のダビデとゴリアテにも似た図式を演出し、その物語を盛んに国民に宣伝して、国民の間に広がる経済的な不満から関心を逸らせ、彼らに対する自らの影響力と支配力を維持しようと意図しているように見えます。そして、つい最近までは、アメリカの潜在敵国であるロシア(旧ソ連)や中国とは友好関係を維持し、小国である北朝鮮が国際社会で完全に孤立するというリスクを回避することに成功してきました。

ところが、今年5月25日に実施された核実験を境に、ロシアと中国の両国政府の北朝鮮に対する態度は、急速に変化しつつあるようです。とりわけ中国政府は、北朝鮮政府から核実験の通告を受けたタイミングが前回よりも遅く、事実上「事後報告」に近い形となったため、自国の「威信と面子」を潰されたと感じた中国が、今後は国連などの舞台でも北朝鮮を突き放す態度に出るのではないかとも言われています。

今年に入って、北朝鮮は上記の核実験に加え、4月5日の人工衛星搭載ロケット発射(国際的には失敗と見なされていますが、北朝鮮国内向けには「成功」と大々的に発表されていることから、国内向けの宣伝アトラクションであった可能性が高い)や半島の東西で頻繁に繰り返されるミサイル発射演習など、周辺諸国に対してむやみに軍事的脅威を与えるような攻撃的行動を繰り返しています。しかし、ただ意味もなく敵を増やすだけとも言える、この一連の行動を、純軍事面から分析しても、首尾一貫した合理性を見出すことは難しく、むしろ純軍事的意味とは無関係な、別の必要性に基づく行動と見ることも可能です。さまざまな情報を総合すると、現在の同国は、神格化された国家指導者個人が単独で、合理的判断のみに基づいて諸政策を決定できる状態にはないと思われるからです。

ご存知の方も多いかと思いますが、北朝鮮政府の最高指導者が二代目となって以降、北朝鮮政府における軍人の影響力は急速に増大しており、現在では「先軍政治」と称されるほど、軍首脳部の意向が政策に大きく反映している状況です。このような情勢下では、たとえ合理的な判断では「周辺諸国と協調的な政策をとる」ことが最善であるとの結論が導き出されても、国防を主任務とする軍人の存在価値を相対的に低下させるような政策をそのまま実行に移すことは不可能です。その結果、軍人の「威信と面子」を保つという要素が政策決定の最優先目標となり、結果として「軍の存在感を不必要なほど誇示する」以外の政策を選択する道が閉ざされ、自分の重さで坂道を転がり落ちる岩のように、周辺諸国との緊張関係をさらに悪化させる方向へと進みつつあるように見えます。

しかし、国内の事情だけを考慮した政策というのは、当然のことながら、価値判断基準の異なる外部からは理解されにくく、単に「自国の軍の威信と面子」を守ることを意図して行っただけの軍事行動が、外部からは「攻撃的行為」あるいは「侵略の準備」と理解されて、それに対する制裁的な反応を引き起こしてしまう可能性も少なくありません。そして、その外部からの制裁的な反応を、さらに「自国の軍の威信と面子」を脅かす敵対的行動と受け止め、最終的に「自国の軍の威信と面子」を守る方法は、外部勢力と戦争を行うしかないというところまで精神的に追い込まれて(実際には自分で自分をそこに追い込んで)しまうと、その国は自国の経済力や彼我の軍事力の評価、それらに基づく勝敗の可能性に関する分析などの合理的判断を全て停止して、ただ「自国の軍の威信と面子」を守るためだけに、勝ち目のない新たな戦争に向かって突進することになります。

もし、上に述べた北朝鮮政府の「価値判断基準」についての分析、つまり同国政府が権力委譲に伴う「政治的実績」の創出と、北朝鮮軍の「威信と面子」の保持という二つの目的に基づいて発言・行動しているという解釈が正しいとするなら、日本は他国とは異なり、彼らの「価値判断基準」を(部分的とはいえ)内面から理解できる思考を持ち合わせていると言えます。その理由については、歴史に関心のある方なら説明不要かと思いますが、過去の歴史から学ぶという姿勢は、自国が同じ過ちを繰り返さないというだけにしか使い道のない道具ではないはずです。「核には核で対抗する」とか「北朝鮮領内への先制攻撃力を保有する」といった、日本の威信や面子を重視した対処法を唱える政治家もいるようですが、私はそのような「威信と面子を正面からぶつけ合う」形の対処法では、北朝鮮をめぐる現下の問題は解決できず、むしろ状況をさらに悪化させる効果しか持たないだろうと思います。

かつて、アメリカのケネディ大統領はキューバ危機の際、総合的な軍事力の「力くらべ」でソ連を負かし、キューバに配備されていた核弾頭搭載可能なミサイルの撤去を相手に強いることに成功しましたが、彼は同時に「アメリカもトルコに配備しているミサイルを撤去する」との譲歩とも受け取れる決断を下し、ソ連政府やソ連軍上層部の「威信と面子」を潰さない配慮をしています。当然のことながら、彼のこうした決断は、「威信と面子」を重んじる米軍上層部やCIA幹部の間で大きな感情的反発を招き、それが後に発生する彼の暗殺事件にも影を落としたとする分析もありますが、もしケネディが「威信と面子」だけしか考慮しない大統領であったなら、我々は今、この世界に生きてはいないかもしれません。
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コメント 2

麒麟

「北朝鮮政府の思考を、日本人は内面から理解できる」という見方は、日本の大手メディアには絶対に出てこない分析と思いますが、佛印進駐からハルノートあたりの流れはまさに今の東アジアと酷似した状況だったのかも、と想像してしまいますね~。軍人を統制できない政府、軍の威信と面子に引きずられ、気がつくと四面楚歌・・・・

今まで日本人はみんな、ハルノートを突きつけられる側として歴史を見てきたわけですが、突きつける側はどんな心境だったんだろう、とか、いろいろと考えながらニュースを見てしまいます。
by 麒麟 (2009-06-12 12:15) 

Mas-Yamazaki

麒麟さま: コメントありがとうございます。北朝鮮をめぐる情勢は依然として流動的で、国連安保理の制裁決議採択(やはり今回は中国政府も、反対も棄権もせずに、対北朝鮮制裁決議に「賛成」しました)に反発して「また核実験してやる」「うちにあるプルトニウムを全部核兵器に使ってやる」と声明するなど、北朝鮮軍上層部の「内部のムード」は過熱する一方のようですが、なんとか戦争を回避する方向で事態が収束してほしいと祈っています。関係各国政府およびその出先機関の皆様、なにとぞよろしくお願いします。
by Mas-Yamazaki (2009-06-15 23:41) 

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