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2012年12月18日 [その他(戦史研究関係)]

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来年1月5日に発売予定の『歴史群像』誌第117号に、私の担当記事「ノルウェー侵攻作戦」が掲載されますが、今回はそれに関連する戦史研究分野の話題です。

1940年のノルウェー戦に詳しい方ならご存知かもしれませんが、ヒトラーはドイツ軍の陸海空三軍を統合するノルウェー侵攻軍司令官に、陸軍のニコラス・フォン・ファルケンホルスト歩兵大将を任命しました。1940年2月21日の正午、ファルケンホルストは何の用件なのか事前に知らされないまま、ヒトラーの執務室に呼び出されます。第一次大戦時に数か月間フィンランド方面で作戦参謀として任務に就いた経歴を持つファルケンホルストを、北欧事情に詳しいはずだと考えたヒトラーは、情勢を簡単に説明した後、彼にこう命じました。

「貴官は、本日の午後5時までにノルウェー侵攻計画の概要を作成して、ここに戻ってくるように」

この時、ファルケンホルストが内心でつぶやいたと思われる「え〜っ、マジっすか?」という言葉は、もちろん原稿には書いていませんが(笑)、午後1時に部屋を出た彼に残された時間はわずか4時間。実はこの時、国防軍総司令部では「北方研究」と題されたノルウェー侵攻の基礎計画案が作成され、海軍でも重巡洋艦アドミラル・シェーア艦長テオドール・クランケ大佐を長とする研究班が本格的な侵攻計画案(秘匿名「ヴェーゼル演習」)の研究を進めていました。

しかし、そんな先行研究の存在を知らない彼は、途方に暮れながらもベルリン市内の本屋へ向かい、ベデカー(Karl Baedeker)という旅行ガイド本の老舗出版社が刊行する一冊『ノルウェー・デンマーク・アイスランド・スピッツベルゲン』の(おそらく)1931年版を購入し、ホテルの部屋で熟読してノルウェーという国の地勢や気候を把握した後、侵攻計画を検討しました。そして、命じられた通り午後5時に再びヒトラーとの面会に向かい、自分の考案した侵攻計画案の概要を説明したところ、ヒトラーが既に内容を把握していた前記の先行研究とおおむね一致していたことから、ヒトラーは翌2月22日付で彼を正式にノルウェー侵攻軍の司令官に任命し、具体的な侵攻作戦計画の完成を急がせました。

このベデカー社というのは、現在の日本における『地球の歩き方』や英語圏の『ロンリー・プラネット』と同様、当時のヨーロッパで海外旅行のガイドブックを多数刊行して定評を得ていたドイツの出版社で、ドイツ人カール・ベデカーが1827年に創業しました。旅行ガイドのシリーズを刊行し始めたのは1836年からで、第一弾は『ライン河の旅−−マインツからケルンまで』という内容でしたが、詳細・精密な地図や具体的で役に立つ情報が満載のベデカー本は旅行者の間で人気を呼び、20世紀初頭には「ベデカー」という名前が旅行ガイドの代名詞として通用していたほどでした。

今回、原稿の執筆を終わった後で、どうしてもファルケンホルストが作戦立案の参考にした「ベデカー」の北欧版を見てみたいと思い、海外の古書ルートを頼って『ノルウェー・スウェーデン・デンマーク』英語版の1912年版を入手しました(ドイツ語版だけでなく、英語版やフランス語版も刊行されていた)。冒頭の写真が、その表紙です。ファルケンホルストが読んだと思われるドイツ語の1931年版とは内容が多少異なっていると思いますが、それでも記載された情報は驚くほど充実しており、確かにこれ一冊読めばノルウェーがどんな国なのか、歴史や地勢がかなり具体的に見えてきます。

ある地点から別の地点までの鉄道での移動時間や運賃はいくらなのか、通りを歩くときの風景描写、主要都市のホテルやレストラン、書店などのお店情報(立地、営業時間、料金)なども豊富で、読み進むうちに、今度は実際にノルウェーの各都市へ行ってみたくなりました。もっとも、旅行は当分お預けの状態ですが(泣)。

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内表紙と、折り込み地図の1枚「ノルウェー南部」。地図はすべてドイツ語版と共通のものが使われています。

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ノルウェー南部の港湾都市クリスティアンサンの紹介ページ。

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こちらはスタヴァンゲル。ノルウェー南西の港湾です。

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スタヴァンゲル市内の紹介文。どこのホテルにサウナがあるとか、タクシーの料金、釣具屋や郵便局の場所など、お役立ち情報?が満載。

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ベルゲン。これもノルウェー南西部の港湾都市ですが、規模が大きいので地図も見開きです。

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何枚か用意されている折り込み地図の裏面には、ノルウェーのフィヨルドを海側から見た光景が描かれています。ノルマンディ上陸作戦の際、連合軍の将校が持っていた「BIGOT地図」にも同様の情報が入っていました。これは「上陸する側」にとって非常に役立つ情報。

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巻末にはノルウェー語とスウェーデン語の会話/単語集の小冊子が付いています。


歴史群像』誌第117号の「ノルウェー侵攻作戦」、第二次大戦に興味のある方はぜひご期待ください。
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