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2009年11月14日 [その他(ウォーゲーム関係)]

歴史群像次号の記事「ポーランドの第二次大戦」をほぼ書き終わった(納品するまでにはまだ「推敲」という作業が必要ですが)ので、今日は休憩時間に、少し前に購入したゲーム雑誌の付録を取り出して、地図やユニットを眺めていました。

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この「アゲンスト・ザ・オッズ」という雑誌は、創刊当初から存在は知っていましたが、初期の付録ゲームはグラフィックがあまりにも私の好みとかけ離れていたため(詳細は後述)、購入を見送っていました。ところが、ある時に某サイトで最近の同誌のグラフィックを見る機会があり、これはなかなか良いのではないかと思ったこともあって、試しにオークションで良さそうなものを2冊買ってみたわけです。

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第25号「ストーム・オーバー・タイアージャン(台児荘強襲)」の戦術チット。

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第23号「ゲーラ・ア・ムエルテ(最後まで戦え)」のユニット。上段と下段の向きが逆なのは、印刷ズレ対策。地色がザラッとした感じなのは、カビや汚れではなく、意図的な手作り風(笑)のテクスチャ(地紋)処理です。

私がこれらのグラフィックを気に入ったのは、アートワークを担当するクレイグ・グランド氏の、ユニットデザインにおける「ピクト」の効果を追求する姿勢に感銘を受けたからです。

「ピクト(正しくはピクトグラム)」とは、空港やデパートなどの公共施設でよく見かける、トイレやエレベーター、非常口の表示マークなど、一目見ただけでそれが何を意味しているのか伝わってくるような視覚的デザインを指す用語です。こういった公共施設のピクトは、世界中でほぼ共通となっているので、書かれている文字を読めない国に初めて行っても、ピクトを見ればとりあえず必要な情報を得ることができます。

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ピクトの特徴をいくつか列記すると、まず文字を可能な限り排した形になっているので、目で見た情報が脳内の「文字」を判断するセクションを介在することなく、状況判断を司る「中央司令部」まで、ダイレクトに届くようになっています。そして、図柄も最大限に簡略化・シンボル化されているので、脳内の「芸術性」を判断するセクションを介在することなく、やはり状況判断を司る「中央司令部」まで、情報がダイレクトに届くようになっています。

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旅行ガイドブックの仕事をしていた時には、企画テーマに応じて、地図の上に乗せる「飲食店」や「みどころ」などのピクトを新たにデザインすることもしばしばでした。一見すると簡単そうに見えるピクトですが、実際に作ってみると洗練されたものをデザインするのはなかなか難しく、毎回試行錯誤の連続でした。例えば「みどころ」を示すピクトには「カメラ」の絵柄をよく使いましたが、ディテールまでリアルにカメラの形状を図案化したり、二色以上の色を使ったりすると、却って判別しにくいものとなってしまうので、一般の人が共通のイメージとして持っている「カメラ」の形を、極限まで単純化したものに仕上げなくてはなりませんでした。「一目見ただけで何なのか伝わる」というのが、ピクトの制作における最上位の優先課題でした。

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ゲーラ・ア・ムエルテ」のマップ。都市などもピクトで表現され、全体として抑制の効いた仕上がり。

ゲームのユニットに配置する絵柄については、現在では、兵隊や戦車、飛行機や艦船を細かく描きこんだ「細密画のイラスト」が使われる場合も多いですが、上に紹介した2つのゲームに関して言えば、グランド氏はイラストとしての完成度を追求する代わりに、ピクトとしての完成度を追求する方向で、デザインされているようです。

精密でカラフルなイラストは、駒シートの状態で(切らずに)眺めている分には魅力的ですが、実際にゲームの駒として使ってみると、意外に使い勝手がよくない場合があります。その理由の一つは、目で見た情報が脳の「中央司令部」まで届く途中で、脳内の「芸術性」を判断するセクションが無意識に反応してしまい、ゲームに必要な情報とは別の、イラストの出来不出来という情報が付加されるからであるような気がします。人間の脳の「芸術性」を判断するセクションは、美的に優れていると感じたものに対して即座に反応するので、作戦を考えている時に「このユニットの絵柄はよくできているなぁ」などという感想が(芸術性を判断するセクションから)出てしまうと、思考の一部が「作戦立案」とは別の関心に向いてしまうことになります。

シックス・アングルズ第12号の「第6の視角」などでも少し書きましたが、私はゲームのグラフィックは「プレイヤーに奉仕するもの」であるべきで、プレイヤーが作戦や戦略を考えるのを邪魔してはいけない、と考えています(これは私がコマンド誌のグラフィックでいくつか失敗した後、鹿内さんから教えられた「ルール」です)。そういった観点から言えば、ゲームのユニットやマップに描かれた「(ディテールまで描き込まれた)出来のいいイラスト」や「凝った絵柄」というのは、その完成度が高ければ高いほど、脳内の「芸術性」を判断するセクションの無意識的な反応を呼び起こしてしまい、プレイヤーが作戦や戦略を考えることに集中するのを邪魔してしまうのではないかという気がします。

こういった「ピクト主義」のコンポーネントデザインを追求された先人として、まず思い浮かぶのは、今は亡きSPI社のレドモンド・サイモンセン氏です。サイモンセン氏が手がけたSPIのグラフィックは、ゲーマーのブログなどを拝見すると今でも根強いファンが多いようですが、おそらくその最大の理由は、ユニットやマップにあしらう「ピクト」のデザイン能力がずば抜けて高かったからではないかと思います。

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S&T誌第51号「ワールド・ウォー1」のユニット。同盟軍と協商軍では微妙にシルエットが違っていたりします。

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S&T誌第70号「ザ・クルセーズ(十字軍)」のユニット。キリスト教勢力とイスラム教勢力が、ピクトと配色により一目で判別できる秀逸なデザイン。

コンピュータのドローソフト(アドビ・イラストレーターなど)で描いた精密なイラストをそのまま印刷物に使用できるようになったおかげで、ユニットのグラフィックデザインも25年前と今とでは大きく変わりました。こうした状況に対し、私も以前は「技術革新のおかげで、黒ベタのシルエットではなくカラフルな精密イラストを入れることができるようになった」と、いわば「技術的な進歩」だと肯定的に捉えていたのですが、最近は別の見方をするようになりました。もしサイモンセン氏が今でもシミュレーション・ゲームのグラフィックを手掛けられていたとしても、精密なイラストなどは絶対に使わないのではないか、と私は想像します。

ちなみに、私が初期の「アゲンスト・ザ・オッズ」を買う気になれなかったのは、ユニットデザインを担当したアートワーカーの方が、過去のシミュレーション・ゲームにおける「約束事」を完全に無視した形で数字や記号の配列をされているように見えたからでした。移動力の情報は右下、といった、過去の「慣習」というのは、絶対に守らなくてはならないとは思いませんが、それを踏襲することで、やはり「目で見た情報が状況判断を司る脳の中央司令部までダイレクトに届く」という効果が期待できる(数字の配列順が毎回変わっていると、毎回「どれが何だったか」を記憶し直さないといけない)ので、私はよほどの必要性がない限り、一定の(伝統的な)配列パターンを踏襲する方向で、ユニットのデザインをしています。

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おまけで付いていたハガキゲーム。これもグランド氏のグラフィック。

「アゲンスト・ザ・オッズ」におけるグランド氏の仕事にも、多少のバラツキがあるようで、氏の仕事のすべてを優れていると思っているわけではありませんが、とりあえず今回ご紹介した2冊については、私にとっては大いに得るものがありました。私が手掛けているゲームのグラフィックも、例えば「モスクワ攻防戦」における補給ユニットでは「表面」はトラックのピクト、「裏面」は補給物資のイラストという風に、全体としての統一感がとれていない面があり、まだまだ改善の余地はあると思いますので、自分なりに研究して、さらに良いものに仕上げられるよう精進したいと思います。
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桜マーク

イラストとピクトのちがいについての話を興味深く読みました。わたしは、どちらかといえばピクト派ですね。旧SPIのサイモンセンタッチも大好きです。ユニットもマップも、ある意味超ストイック。ただしWW2の空母戦ゲームだけは例外で、一隻ごとの空母の違いがわかるような精密イラストなら許します(笑。
by 桜マーク (2009-11-15 02:44) 

Mas-Yamazaki

桜マークさま: コメントありがとうございます。確かに、同じイラストでも、空母や戦艦などは「ユニットごとに形状が違う」というのがプレイに関連した意味を持つ情報だったりするので、そういった面では「イラストの方が優れている」場合もあるかもしれませんね。

JWCの「日本機動部隊」は、ユニットもマップも理想的なバランスだったように思います(あくまで主観です)が、やはりアートワークを担当する人がどれだけ自分の思い(もっと細かく表現したい、もっと見る人にアピールしたい)を抑制して「機能面」を優先できるかが、優れたコンポーネント・デザインの鍵ではないかという気がします。
by Mas-Yamazaki (2009-11-18 17:20) 

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