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2010年7月28日 [その他(戦史研究関係)]

今週は、ハードカバー本の執筆と、週末の夏祭りに関連する自治会の作業で多少混乱気味ですが、前者の執筆作業は粛々と進んでいます。まだ脱稿まで先は長いですが、今回も良い本に仕上げられそうな手ごたえは感じています。本のテーマは、後日改めてご紹介いたします(と言っても、勘のいい方は大体察しておられるかとは思いますが・笑)。

ハードカバーの本は(当たり前ですが)文庫より価格がアップしてしまうので、テーマや記述内容を充実させるだけでなく、文庫より高いお金を払って購入されるお客さんをどのように満足させるかという、付加価値の要素をより強く意識しないといけないのですが、今回は「重要な記述や、初めて目にする読者が多いと思われる記述には、なるべく細かく出典の脚注をつける」ことと、「情報源として日本の読者があまり目にしていないと思われる希少な洋書や新しい洋書を多用する」ことを意識して、作業を進めています。特に、以前の記事でご紹介しました、1920年代から1933年までの独ソ軍事提携に関する記述などは、個々の情報についての信憑性を読者が判断できる仕様にしておかないと、いわゆる「資料的価値」が半減してしまうかと思い、この章だけで40以上の出典脚注をつけました。

書籍や雑誌の電子化という波が、日本の出版業界にも押し寄せていることは、皆さんもご存知のとおりで、私のような物書きも、著作の付加価値をいかにして高めるか、など、将来を見据えた「戦術」や「戦略」を、自分でいろいろと用意しておく必要があるように思います。幸い、戦史研究や現代紛争史の研究という題材は、意外と耐用年数があるようで、過去に『歴史群像』誌に載せていただいた記事が、何年も後に『歴史群像アーカイブ』という形で再出版されることもあります。これは私の単なる想像(という空想)なのですが、将来的に『歴史群像』誌の掲載記事が、デジタルアーカイブという形で個別の記事ごとに安く(1本100円とかで)ネット経由で買えるようになれば、内容の充実した記事さえ揃えている限り、『歴史群像』誌のような「媒体」が商業的に生き残ることは充分可能であるような気がします。

ちなみに、ネット上の記事やブログなどでは、今後書籍や雑誌の電子化がどんどん進行して、紙の雑誌や本が姿を消すような、極端な論調を見ることもありますが、私自身は職業上の必要性から、紙の資料本を買い集める日々が当分は続きそうです。自宅に2000冊以上の資料本を収蔵していると、たまに書庫に篭って本の背表紙や装丁を端から眺めて、イメージとして記憶を上書きする作業をしておかないと、どんな本が手元にあるのか、忘れてしまうということが結構起こります。これらの書籍が全部強制的に(笑)デジタル化されて、ハードディスク上のデータになってしまったら、おそらく「持っているのに存在を忘れた本(のデータ)」が続出するだろうと思います。キーワード検索という、デジタルデータならではの手法もあるにはありますが、やはり個々の文献の「イメージ」を記憶しておく手法に比べると、効率の点で大きなマイナスになるようです(私の場合)。

もう一つ、原稿執筆の参考文献を「本」の形で残したい理由は、付箋を貼ったページを開いたままの本を机の周囲に展開して、頭の中でそれらの情報を糸のように撚り合わせて整った形にまとめ上げるという手法が、デジタルデータだと事実上使えないということにあります。デスクトップに原稿のテキストファイルを開き、ノートやメモの補助テキストファイルを横に小さく広げると、それでほとんど画面は埋まってしまいます。米陸軍や海兵隊の第二次大戦期の公刊戦史などは、電子版がネットで安く買えることもあり、入手してみましたが、もう既に「古い時代の手法」が身に染み付いているためか、使い勝手が非常に悪くて、結局本のバージョンを海外古書ルートで買い直すことになりました。

出版社や取次業者に身を置く方々の視点に立って、現在進行しつつある電子化の波を「黒船」に喩える論調も、しばしば目にします。しかし、情報の量が増えれば増えるほど、それを整理したり編集したりして受け手に提供するという仕事の価値は逆に高まるはずだと思うので、技術面での対応策を誤った(または遅れた)会社がいくつか経営に行き詰まることがあっても、「情報産業」そのものが崩壊することはないだろうと、私は考えています(楽観的過ぎるかもしれませんが)。仮に「無料の本」が山のように出回っても、知りたい内容がわかるものでなければ、有料でも「要望に応えてくれる本」の存在価値は消えないような気がするからです。

今やっているシックス・アングルズの出版事業や、PDF化した過去記事の無料配布なども、将来的には「有益な経験」になるかもしれませんし、自分に合った形で最新の技術をとり入れながら、より良い仕事を続けていく環境を整備していきたいと思います。

ちなみに、電子書籍関連で興味深いと思った記事を、いくつかご紹介いたします。興味のある方は、ぜひご覧ください。


本と本屋さんの夕日 第55回 【最終回】 2010年代の出版界に必要なもの(2009年12月29日)
http://www.sogotosho.daimokuroku.com/?index=hon

池田信夫blog 電子出版の経済学(2010年02月12日)
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51375630.html

たぬきちの「リストラなう」日記  『電子書籍の衝撃』の衝撃(2010年04月08日)
http://d.hatena.ne.jp/tanu_ki/20100408
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コメント 8

アトム

ハードカバーの新刊楽しみにしています。電子書籍の問題は、わたしも様子見の状態ですが、ハードを使い勝手よく工夫できたところが勝つだろうと思います。軽くて、見やすくて、壊れない端末。いったんフォーマットが決まったら、あとは端末価格がジェットコースターのように下落して一挙に普及、という展開になるのでは。
by アトム (2010-07-31 16:05) 

Mas-Yamazaki

アトムさま: コメントありがとうございます。今はまだ端末競争の段階で、本格的な普及はその先、という見方に、私も同意します。

今の時点で考えられる、電子書籍端末の短所は「落としたりぶつけたり水に濡れたりすれば壊れる」ことと「電気を食う」ことではないかと思いますが、例えばソーラーパネルつき電卓みたいに、コンセントでいちいち充電しなくてもいい仕様で、なおかつ電卓並みに壊れにくい端末が数百円で手軽に買えるようになれば、今まで「書籍」が担ってきた役割の多くが、段階的にそちらへと移行していくだろうと思います。

問題は、端末を製造するメーカーの利益確保をどうするかでしょうか。フォーマットの権利を囲い込んで端末の価格を上げれば、ほぼ間違いなく海外の競合製品/フォーマット(インド製や中国製なら日本語対応も用意するでしょう)に負けますし、本を買うより高くつくなら「たまに本を読む人」は買わない可能性が高い。逆に、下げれば利益が出なくなるのでメーカーは撤退を余儀なくされるかも。社会が端末を「単なる電子書籍を読み込むだけの道具」と割り切れるかどうかで、電子書籍が普及する速度も変わってくるでしょうね。
by Mas-Yamazaki (2010-08-03 00:14) 

ちょ、無料てw

昨今盛り上がっている『電子書籍』と従来の『pdf等電子データ』との違いは、
市場における著作権者の版権管理の仕組みの有無にあると思います。

どの著作を、いつどこで何部出荷した・するっていうことをリアルタイムで
管理できる仕組みが法的に保護されているはある意味天国なのでは無いでしょうか?そこら辺の思惑・皮算用で電子書籍化の流れは一気に進む
気がします(日本が世界に先駆けてコンテンツ産業の覇者となる為にも
不可欠)。

反面、経済的弱者が情報に接する事を妨げる越えられない壁となる面も
見逃せない一面かもしれません。。。と思いは駆け巡るのです、

                     が。

『無料』とか無茶しないで下さいね。細く長く、良質のコンテンツを紡ぎ出し
て頂きたいです。絶版したものも改訂版で再販願います(←これが主題w)


by ちょ、無料てw (2010-08-04 19:36) 

読書人

マスコミの「電子書籍」祭りは、iPadが出た時に「乗り遅れるのが恐い」という集団心理で騒いでいただけのような気がしますよ。じっさい日本ではまだ実験的に少数のイノベーターが威力偵察してる段階ですから。本格的な普及はまだまだ先でしょう。

ただし中長期的には雑誌が書店から減っていく傾向が進行するとは思います。雑誌は広告収入で出せても、小売の値段は印刷製本と輸送のコストが大きいですから、いったん読者がデジタルに流れ始めたら、広告主も敏感に反応するでしょう。まあ、マスコミの軽薄な祭りに踊らされず、冷静に状況を見るくらいしか、われわれにできることはないわけですが。

デジタル礼賛の人が「紙の本がなくなることはない。なぜなら紙の手触りが好きな人もいるから」とか書いてるのを見ると、単にアナタがもともと本読まない、本買わない人なだけでしょう、と笑ってしまいます。本買う人は、別に「紙の手触り」が好きで買ってるわけじゃありません(笑)。
by 読書人 (2010-08-04 20:24) 

Mas-Yamazaki

ちょ、無料てwさま: コメントありがとうございます。興味深いご指摘でしたので、記事本文の中で少し触れさせていただきました。「無料配布」については、もちろん無制限にやるつもりはありませんので、ご心配なく(笑)。あくまで「有料版(プレミアム)」の情報を買っていただくための、品質確認用の「無料版(フリー)」という認識です。今後も、少しでも質の高い情報をご提供できるよう、がんばります。
by Mas-Yamazaki (2010-08-08 01:16) 

Mas-Yamazaki

読書人さま: コメントありがとうございます。ご指摘のとおり、昨今の「メディアのお祭り騒ぎ」が一段落した後が、本当の意味での「電子書籍の普及」になっていくと私も思います。ハードもソフトも流動的な状況では、フォーマットも当分固まらないでしょうね。

「紙の手触り」云々については、確かにそういうことを書く人は「紙の本の価値」を少し見誤っている気がします。私が紙の本を大事にする理由は、記事の中で書きましたが、やっぱり「物心ついた頃から紙の本のページをめくって情報を読み取る」ことが習慣になっている人は、新しいハードウエアが登場したからといって、自分にとって心地いい形式をわざわざ捨てないだろうという観点も必要かと思います。
by Mas-Yamazaki (2010-08-08 01:25) 

ピクト

Kindle版出版物の候補にぜひ「ポーランド電撃戦」のあとがきにある「第二次大戦ポーランド戦史」を加えていただくようお願いいたします。
by ピクト (2012-10-28 20:39) 

Mas-Yamazaki

ピクトさま: リクエストありがとうございます。「第二次大戦ポーランド戦史」は、もしかしたら第二次大戦を扱うポーランド映画の副教材として最適かもしれませんので、候補作の上位にリストさせていただきます。
by Mas-Yamazaki (2012-10-31 21:40) 

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